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ゾンビガール
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「おえっ、まっず……」
口の中に広がる粘ついた流動形の、鉄のような味のするそれに対しての感想は、それだった。
一瞬意識を失って、気が付いたと思ったらこれだ。
一体俺は何を食べたんだ?
「……?」
周囲を見渡してみると、まず血を流して地面に倒れている少女が目に入った。
少女は出血多量か青白い肌をしていて、その首筋には何か鋭い牙で噛み付かれたような痕がある。
「――う……っ」
吐き気が込み上げてきて、咄嗟に口を抑えた。
口の中の不快感は、彼女に噛み付いて、血を啜ったものだったのだと、意識を失った一瞬の出来事が鮮明に蘇ってくる。
俺が殺したにしても、死体から血を啜ったにしても、常人のやる事じゃない。
「むぁー、おはよー」
「……は?」
そう、苦悩する俺の前で。
呑気に欠伸をしながら起き上がったのは、確かに俺が血を啜った、多量の血を流して倒れていた少女だった。
生きているわけがないくらいの出血量でありながら、何事もなかったように平然と起き上がってきた彼女に、俺は声が出なかった。
「どうしたの同胞?もしかして腕食べた事怒ってる?」
「食べた!?」
どうやらなくなった俺の腕はこの少女に食べられてしまっていたらしい。
さっき血を啜ってしまったから怒るに怒れないが、あの痛みはこの少女によるものだと考えると、首をへし折ってやりたくなってくる。
「大丈夫だよ同胞。きっと生えてくるよ」
「生えてくるわけ――」
いや、こんな不思議な事が起こっているのだから、腕が生えてきてもおかしくはないか?
俺は包帯を外して、顕になった腕の断面に目を向ける。
「うわぁ……」
食いちぎられた乱雑な切り口から、ミミズが這い出るように血肉が蠢いていた。
今まで包帯が邪魔で再生できなかったのだと不満を訴えるようにみるみる再生していく腕が気持ち悪かったようで、少女は顔を歪めた。
「……本当に生えてきちゃったね」
「もしかして適当に言ってたの?」
少女は生えてきた腕を見てそう呟いた。
どうやら適当に言っていたらしく、少女はそっと目を逸らす。
「でもこれ、本当にどうなってんだ……?腕が生えてくるなんてどう考えても……」
「後天的なアンデッドは存在しないよ」
少女はそう言って、俺の腕に齧りつこうとする。
慌てて振り払うと、少女は不満気な表情で俺を見た。
「アンデッドって、どういう事だ?あと、君は何者なの?」
少女は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐににぱっと笑みを浮かべた。
「私はゾンビのアリーシャ!アンデッド初心者の君に色々教えてあげよう!」
そう自慢気に言うと、アリーシャは勢い良く立ち上がった。
そして床に敷かれたカーペットを捲り、置いてあった木の板を退け、その中から肉塊を取り出した。
「えっと……」
「肉に惹かれるタイプ……ゾンビとかそういうのじゃないのか。あ、もうちょっとこっち来て」
よく分からないが、俺に対して敵意を持っているわけでないのは事実である。
俺は躊躇いながら、アリーシャに近付いた。
「肉じゃないなら……こっちか」
そう言いながらアリーシャが取り出したのは、赤黒い鉄のような匂いのする――
「がっ」
「同胞、駄目だよ。落ち着いて」
その瓶に入っていたのは、その赤黒い液体は、血だった。
さっき無我夢中でアリーシャの血を啜った事を思い出す。
血を見るとどうしようもない飢えのようなものが思考を奪っていくのだ。
「君は吸血鬼なんだ。体が腕を治そうとして、吸血鬼としての力や性質が主張してきたんだね」
「吸血鬼……?」
「そう、吸血鬼。私や君は人間じゃない、アンデッドという化け物なんだ」
アリーシャは笑みを浮かべていた。
自嘲するような力のない笑みだった。
化け物だと言われ、ふざけるなと叫びたい気持ちが、現実じゃないと否定しようとする気持ちが、アリーシャのその表情を見て、一気に薄れていく。
「俺は、もう家族や友人達に会う事もできないのか……?」
「分からない。たまに私達みたいなのを受け入れてくれる心の広い人もいると聞いたけど……少なくとも私の友人は、受け入れてくれなかったから」
そもそも俺には、家に帰る事ができないという問題があるのだが、それにしたって不安は大き過ぎる。
もし自我を失って、家族や友人に襲いかかりでもしたら――?
嫌な想像に、冷や汗が浮かんだ。
「大丈夫?同胞」
「大丈夫。……あと、同胞じゃなくて、葉山……ユウキ・ハヤマだよ」
心配そうに見つめてくるアリーシャに、俺は笑みを浮かべて頷いた。
こんな事考えても仕方ないし、今は他の事を考えよう。
アリーシャは心配そうだったが、俺を気遣って話を変える事にしたらしい。
「同胞……ユウキは、どうして常夜の森に?吸血鬼って事を今初めて知ったくらいなんだから、捨てられたってわけじゃないんでしょ?」
「えっと、常夜の森って?」
そう問えばアリーシャは、とんでもない田舎からきたんだねと呆れたように言った。
「人間の間じゃ悪い神様だって言われてる、死神様が眠る森――つまりこの森の事だよ」
アリーシャは天井を指した。
ここは森の地下なのだろう。
「死神様はアンデッドという、本来死ぬ筈だった生物が産まれてこないように、魂を管理する役目を持っている」
本来死ぬ筈だった生物――アリーシャの話を信じるなら、つまり俺は本当なら死んでいたのが正しかったというわけで。
言い表せぬこの感情に、指が震えた。
「死神様は世界を作り出した神様の次に偉いお方だったんだけど、三番目から六番目までの神様が嫉妬して、暗殺しようとしたんだ。真っ向から戦っても勝てないからね」
「……死神は、それで死んだのか?」
「ううん、生きてるよ。ただ疲れて眠ってるだけ。そもそも死神様自体が死という概念そのものだから、死ぬ事はないんだ。消滅はするけどね」
「それ、死神が目覚めたら俺達はどうなるんだ?」
「え……」
沈黙があった。
言おうとして戸惑っているような、気まずい沈黙だった。
アリーシャは、少し悲しげな表情を浮かべている。
「……死神様が眠ったままだと、この地上から生き物が消える事になってしまうんだ」
この誤魔化し方から考えるに――死神が目覚めたなら、きっとアンデッドはろくな目には遭わないんだろう。
そして彼女は、死神を目覚めさせるつもりで、申し訳なさそうな表情をしているのか。
「で?捨てられたって言い草なんだから、他にも何かあるだろ」
「……うん。そもそもここには死神様の配下にある強い魔獣達がいて、侵入者を殺しちゃうんだ。するとそのおこぼれに預かろうとした魔獣が集まって、そいつを食べる魔獣も集まって……って感じに、強い魔獣が集まってきたんだ」
「魔獣?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
アリーシャは驚いて、何で知らないの?とばかりに俺を見た。
「魔獣には大きく二種類いる。死神様の手下と、野良のやつだ。この森にはどっちもいるけどね。……魔獣というのは、体内で生み出した魔力だけで魔法を使う事のできる生き物の事をいう。私達アンデッドも、魔獣の一種だよ」
魔法――そう聞いて、心が踊った。
さっき腕を生やしたのも魔法のようだったが、創作物に出てくるような魔法を使えると考えると、わくわくしてくる。
アリーシャも使えるのかと尋ねれば、彼女は首を横に振った。
「私はただのゾンビだから、派手なものは使えないよ。使ってるのは精々体を腐らせないためのと、どこか怪我した時に元に戻すためのものくらいかな」
彼女がそう言って服の袖を捲ると、裁断した腕を縫い合わせたような痕があった。
確かに派手ではないが、それが本当に切り落とされたものをくっ付けたものなら、魔獣の使う魔法は、本当に規格外なんだろう。
そう言えばアリーシャは、そんな便利なものでもないと言う。
「私の場合だと光や炎なんだけど、魔獣には特に苦手なものが存在するんだ。ユウキは吸血鬼だから、多分日光と聖銀かな」
「聖銀?」
「神官が神の力を借りて浄化した銀の事だよ。吸血鬼は魔族とも呼ばれる高位の魔獣だから、強くなればある程度効きにくくなる筈だけどね」
アリーシャはこれくらいかなと一息吐いて、他に質問はないかと俺に目を向けた。
質問といえば、そうだ。
友人達――委員長と綾崎は、どうなったのだろうか。
「ここに飛ばされた時、足元に魔法陣が浮かんだんだけどさ。その上には俺以外にも二人いたんだ。あいつらがどうなったのか、知りたいんだけど……」
「魔法陣……って事は、人間だね。多分魔法陣が君が魔獣である事を感じ取って、君だけこの森に送ったんだろう。……ん?という事はもしかして君、異世界から来たの!?」
どうして異世界から来たという方向に話が飛んだかは知らないが、確かに異世界であると考えれば、この実在する魔法や、通じない常識などにも納得できるかも知れない。
ただ気になるのは、何故言語が同じなのかだ。
「ああ、それはね。異世界人とも言葉が通じるように、魔法陣にそういう回路を組み込んでるからだよ。命令が分からないんじゃ困るからね」
「命令……」
不快な言葉だが、確かに呼び出した側からすれば格安で雇える人手なので、誠実でない人間ならほとんどただ働きのような事もさせるだろう。
「でも、どうして異世界から人を?」
「簡単な話、この世界の人間が弱いからさ」
弱いから――つまり戦力として異世界に呼ばれた事になるのだが、それにしても俺も含めた学生は、戦うだけの技術は持っていない。
世界が違えば強さも変わるとでも言いたいのだろうか。
「その通りだよ、ユウキ。異世界の人間とこの世界の人間ではその身体能力からして大きな違いがある。君は私が閉じ込めた部屋から出てきたんだと思うけど、本当ならあの扉、軽々と退けられないくらい重いんだよ」
本来ゾンビは吸血鬼より怪力だけど、そんなゾンビが苦労する重さだ――アリーシャは動かした時にどれだけ疲れたのかを思い出したようで、渋柿を食べたような表情をしてそう言った。
「じゃあ、あいつらは戦争に参加させられるのか……?」
「まあ、間違いなくそうだろうね。人間達は死神様を消滅させようとするだろうから、それを止めようとする高位の魔獣達――魔族と呼ばれる彼らと戦う事になるだろう。魔族はとても強いから、いくら勇者として喚ばれた異世界人だろうと、まずいかもね」
それは、嫌だった。
友人である彼らが命を落とすなんて、考えたくもない出来事だった。
彼らが断ったとしても、魔法なんてものがある世界なら、言う事を無理にでも聞かせる方法もあるかも知れない。
「……あいつらが戦争に参加するのを、止めに行く」
「止めときなよ。無駄死にする気?吸血鬼は強力だけど、だからこそ討伐方法は確立されているよ。どうしても助けたいなら、それこそ強くならなきゃ」
力には力で立ち向かうしかないんだよ――そうどこか懐かしむような感傷に浸った目で、アリーシャは呟くように俺を諭す。
「それなら強くなるさ。……あいつらにはいくつか恩がある。それを返したいんだ」
「……ふーん、そう。私みたいに拒絶されるかも知れないよ?」
「その時はその時だ」
アリーシャは深く溜息を吐いて、仕方ないなあと力なく笑う。
「私は同胞が消滅する未来なんて嫌だ。……だから、君が強くなれるように手伝ってあげる」
何故そう良くしてくれるのか、その言葉が本当の考えなのかは分からなかったが、俺はこの小さな先人に、教えを乞う事にしたのだった。
口の中に広がる粘ついた流動形の、鉄のような味のするそれに対しての感想は、それだった。
一瞬意識を失って、気が付いたと思ったらこれだ。
一体俺は何を食べたんだ?
「……?」
周囲を見渡してみると、まず血を流して地面に倒れている少女が目に入った。
少女は出血多量か青白い肌をしていて、その首筋には何か鋭い牙で噛み付かれたような痕がある。
「――う……っ」
吐き気が込み上げてきて、咄嗟に口を抑えた。
口の中の不快感は、彼女に噛み付いて、血を啜ったものだったのだと、意識を失った一瞬の出来事が鮮明に蘇ってくる。
俺が殺したにしても、死体から血を啜ったにしても、常人のやる事じゃない。
「むぁー、おはよー」
「……は?」
そう、苦悩する俺の前で。
呑気に欠伸をしながら起き上がったのは、確かに俺が血を啜った、多量の血を流して倒れていた少女だった。
生きているわけがないくらいの出血量でありながら、何事もなかったように平然と起き上がってきた彼女に、俺は声が出なかった。
「どうしたの同胞?もしかして腕食べた事怒ってる?」
「食べた!?」
どうやらなくなった俺の腕はこの少女に食べられてしまっていたらしい。
さっき血を啜ってしまったから怒るに怒れないが、あの痛みはこの少女によるものだと考えると、首をへし折ってやりたくなってくる。
「大丈夫だよ同胞。きっと生えてくるよ」
「生えてくるわけ――」
いや、こんな不思議な事が起こっているのだから、腕が生えてきてもおかしくはないか?
俺は包帯を外して、顕になった腕の断面に目を向ける。
「うわぁ……」
食いちぎられた乱雑な切り口から、ミミズが這い出るように血肉が蠢いていた。
今まで包帯が邪魔で再生できなかったのだと不満を訴えるようにみるみる再生していく腕が気持ち悪かったようで、少女は顔を歪めた。
「……本当に生えてきちゃったね」
「もしかして適当に言ってたの?」
少女は生えてきた腕を見てそう呟いた。
どうやら適当に言っていたらしく、少女はそっと目を逸らす。
「でもこれ、本当にどうなってんだ……?腕が生えてくるなんてどう考えても……」
「後天的なアンデッドは存在しないよ」
少女はそう言って、俺の腕に齧りつこうとする。
慌てて振り払うと、少女は不満気な表情で俺を見た。
「アンデッドって、どういう事だ?あと、君は何者なの?」
少女は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐににぱっと笑みを浮かべた。
「私はゾンビのアリーシャ!アンデッド初心者の君に色々教えてあげよう!」
そう自慢気に言うと、アリーシャは勢い良く立ち上がった。
そして床に敷かれたカーペットを捲り、置いてあった木の板を退け、その中から肉塊を取り出した。
「えっと……」
「肉に惹かれるタイプ……ゾンビとかそういうのじゃないのか。あ、もうちょっとこっち来て」
よく分からないが、俺に対して敵意を持っているわけでないのは事実である。
俺は躊躇いながら、アリーシャに近付いた。
「肉じゃないなら……こっちか」
そう言いながらアリーシャが取り出したのは、赤黒い鉄のような匂いのする――
「がっ」
「同胞、駄目だよ。落ち着いて」
その瓶に入っていたのは、その赤黒い液体は、血だった。
さっき無我夢中でアリーシャの血を啜った事を思い出す。
血を見るとどうしようもない飢えのようなものが思考を奪っていくのだ。
「君は吸血鬼なんだ。体が腕を治そうとして、吸血鬼としての力や性質が主張してきたんだね」
「吸血鬼……?」
「そう、吸血鬼。私や君は人間じゃない、アンデッドという化け物なんだ」
アリーシャは笑みを浮かべていた。
自嘲するような力のない笑みだった。
化け物だと言われ、ふざけるなと叫びたい気持ちが、現実じゃないと否定しようとする気持ちが、アリーシャのその表情を見て、一気に薄れていく。
「俺は、もう家族や友人達に会う事もできないのか……?」
「分からない。たまに私達みたいなのを受け入れてくれる心の広い人もいると聞いたけど……少なくとも私の友人は、受け入れてくれなかったから」
そもそも俺には、家に帰る事ができないという問題があるのだが、それにしたって不安は大き過ぎる。
もし自我を失って、家族や友人に襲いかかりでもしたら――?
嫌な想像に、冷や汗が浮かんだ。
「大丈夫?同胞」
「大丈夫。……あと、同胞じゃなくて、葉山……ユウキ・ハヤマだよ」
心配そうに見つめてくるアリーシャに、俺は笑みを浮かべて頷いた。
こんな事考えても仕方ないし、今は他の事を考えよう。
アリーシャは心配そうだったが、俺を気遣って話を変える事にしたらしい。
「同胞……ユウキは、どうして常夜の森に?吸血鬼って事を今初めて知ったくらいなんだから、捨てられたってわけじゃないんでしょ?」
「えっと、常夜の森って?」
そう問えばアリーシャは、とんでもない田舎からきたんだねと呆れたように言った。
「人間の間じゃ悪い神様だって言われてる、死神様が眠る森――つまりこの森の事だよ」
アリーシャは天井を指した。
ここは森の地下なのだろう。
「死神様はアンデッドという、本来死ぬ筈だった生物が産まれてこないように、魂を管理する役目を持っている」
本来死ぬ筈だった生物――アリーシャの話を信じるなら、つまり俺は本当なら死んでいたのが正しかったというわけで。
言い表せぬこの感情に、指が震えた。
「死神様は世界を作り出した神様の次に偉いお方だったんだけど、三番目から六番目までの神様が嫉妬して、暗殺しようとしたんだ。真っ向から戦っても勝てないからね」
「……死神は、それで死んだのか?」
「ううん、生きてるよ。ただ疲れて眠ってるだけ。そもそも死神様自体が死という概念そのものだから、死ぬ事はないんだ。消滅はするけどね」
「それ、死神が目覚めたら俺達はどうなるんだ?」
「え……」
沈黙があった。
言おうとして戸惑っているような、気まずい沈黙だった。
アリーシャは、少し悲しげな表情を浮かべている。
「……死神様が眠ったままだと、この地上から生き物が消える事になってしまうんだ」
この誤魔化し方から考えるに――死神が目覚めたなら、きっとアンデッドはろくな目には遭わないんだろう。
そして彼女は、死神を目覚めさせるつもりで、申し訳なさそうな表情をしているのか。
「で?捨てられたって言い草なんだから、他にも何かあるだろ」
「……うん。そもそもここには死神様の配下にある強い魔獣達がいて、侵入者を殺しちゃうんだ。するとそのおこぼれに預かろうとした魔獣が集まって、そいつを食べる魔獣も集まって……って感じに、強い魔獣が集まってきたんだ」
「魔獣?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
アリーシャは驚いて、何で知らないの?とばかりに俺を見た。
「魔獣には大きく二種類いる。死神様の手下と、野良のやつだ。この森にはどっちもいるけどね。……魔獣というのは、体内で生み出した魔力だけで魔法を使う事のできる生き物の事をいう。私達アンデッドも、魔獣の一種だよ」
魔法――そう聞いて、心が踊った。
さっき腕を生やしたのも魔法のようだったが、創作物に出てくるような魔法を使えると考えると、わくわくしてくる。
アリーシャも使えるのかと尋ねれば、彼女は首を横に振った。
「私はただのゾンビだから、派手なものは使えないよ。使ってるのは精々体を腐らせないためのと、どこか怪我した時に元に戻すためのものくらいかな」
彼女がそう言って服の袖を捲ると、裁断した腕を縫い合わせたような痕があった。
確かに派手ではないが、それが本当に切り落とされたものをくっ付けたものなら、魔獣の使う魔法は、本当に規格外なんだろう。
そう言えばアリーシャは、そんな便利なものでもないと言う。
「私の場合だと光や炎なんだけど、魔獣には特に苦手なものが存在するんだ。ユウキは吸血鬼だから、多分日光と聖銀かな」
「聖銀?」
「神官が神の力を借りて浄化した銀の事だよ。吸血鬼は魔族とも呼ばれる高位の魔獣だから、強くなればある程度効きにくくなる筈だけどね」
アリーシャはこれくらいかなと一息吐いて、他に質問はないかと俺に目を向けた。
質問といえば、そうだ。
友人達――委員長と綾崎は、どうなったのだろうか。
「ここに飛ばされた時、足元に魔法陣が浮かんだんだけどさ。その上には俺以外にも二人いたんだ。あいつらがどうなったのか、知りたいんだけど……」
「魔法陣……って事は、人間だね。多分魔法陣が君が魔獣である事を感じ取って、君だけこの森に送ったんだろう。……ん?という事はもしかして君、異世界から来たの!?」
どうして異世界から来たという方向に話が飛んだかは知らないが、確かに異世界であると考えれば、この実在する魔法や、通じない常識などにも納得できるかも知れない。
ただ気になるのは、何故言語が同じなのかだ。
「ああ、それはね。異世界人とも言葉が通じるように、魔法陣にそういう回路を組み込んでるからだよ。命令が分からないんじゃ困るからね」
「命令……」
不快な言葉だが、確かに呼び出した側からすれば格安で雇える人手なので、誠実でない人間ならほとんどただ働きのような事もさせるだろう。
「でも、どうして異世界から人を?」
「簡単な話、この世界の人間が弱いからさ」
弱いから――つまり戦力として異世界に呼ばれた事になるのだが、それにしても俺も含めた学生は、戦うだけの技術は持っていない。
世界が違えば強さも変わるとでも言いたいのだろうか。
「その通りだよ、ユウキ。異世界の人間とこの世界の人間ではその身体能力からして大きな違いがある。君は私が閉じ込めた部屋から出てきたんだと思うけど、本当ならあの扉、軽々と退けられないくらい重いんだよ」
本来ゾンビは吸血鬼より怪力だけど、そんなゾンビが苦労する重さだ――アリーシャは動かした時にどれだけ疲れたのかを思い出したようで、渋柿を食べたような表情をしてそう言った。
「じゃあ、あいつらは戦争に参加させられるのか……?」
「まあ、間違いなくそうだろうね。人間達は死神様を消滅させようとするだろうから、それを止めようとする高位の魔獣達――魔族と呼ばれる彼らと戦う事になるだろう。魔族はとても強いから、いくら勇者として喚ばれた異世界人だろうと、まずいかもね」
それは、嫌だった。
友人である彼らが命を落とすなんて、考えたくもない出来事だった。
彼らが断ったとしても、魔法なんてものがある世界なら、言う事を無理にでも聞かせる方法もあるかも知れない。
「……あいつらが戦争に参加するのを、止めに行く」
「止めときなよ。無駄死にする気?吸血鬼は強力だけど、だからこそ討伐方法は確立されているよ。どうしても助けたいなら、それこそ強くならなきゃ」
力には力で立ち向かうしかないんだよ――そうどこか懐かしむような感傷に浸った目で、アリーシャは呟くように俺を諭す。
「それなら強くなるさ。……あいつらにはいくつか恩がある。それを返したいんだ」
「……ふーん、そう。私みたいに拒絶されるかも知れないよ?」
「その時はその時だ」
アリーシャは深く溜息を吐いて、仕方ないなあと力なく笑う。
「私は同胞が消滅する未来なんて嫌だ。……だから、君が強くなれるように手伝ってあげる」
何故そう良くしてくれるのか、その言葉が本当の考えなのかは分からなかったが、俺はこの小さな先人に、教えを乞う事にしたのだった。
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