アンデッド、異世界を往く

Eine

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見慣れぬ森

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じわじわと蝉が鳴いているのが聞こえる。
机に突っ伏して惰眠を貪っていた俺こと葉山幸樹は、授業の終了を知らせるチャイムが鳴った事によって目を覚ました。
きっと学生を経験した人達ならほとんどが共感してくれるだろう、授業中は眠いのに休憩時間に入ると目が冴えるあの現象だ。
クーラーの効いた教室は少し肌寒いくらいで、このせいで目が覚めたのかも知れないなと思った。

「あ、葉山君!また寝てたわね」

そう目敏く寝起きで頭の働かない俺に声をかけてきたのは、このクラスの委員長であり、マドンナと言われるだけの美貌を持つ岬絵理だ。
背中の真ん中くらいまで伸ばしたさらさらの黒髪に、切れ長の目、委員長といえばなアイテムである眼鏡によって知的さが演出されているが、眼鏡は委員長だからといって本人が好んで付けているだけの伊達眼鏡である。

「委員長、俺は寝たくて寝ているわけじゃない。授業を聞いているとほら、つい眠くなっちゃうんだ」
「言い訳しないの!」

委員長はばんっと机を叩いてそう怒鳴った。
その様子に苦笑いしていると、どうかしたのかと顔を出してくる男が一人。

「うぇっ、あっ、綾崎君……。葉山君が寝てたのを注意していただけで、何もないわ」
「そうなの?なんかすごくご立腹みたいだったから、喧嘩にならないかと心配になっちゃって」

そう言って綾崎は嫌味なく笑う。
綾崎光――運動も勉強もでき、おまけにルックスまで良いといったハイスペックな男だ。
性格が悪ければ色々言えたのだが、性格も文句なしに良いし、むしろお人好しと言われるくらいの人格者で、クラスメイトからも人気を集めている。

「多分喧嘩になる前に俺が負けると思う」
「ちょっと葉山君!」
「あはは」

そんな人気者達とよく話す機会を手に入れている俺だが、俺は人気者でも何でもない一般生徒――というより、特に教師達から煙たがられているような生徒だった。
なんだかんだこの二人とは上手くやっているが、他からは教師に目を付けられては適わないと距離を取られている。

「でも葉山はいつも寝てるよね」
「俺も起きてなくちゃなあとは思うんだけど、どうにも眠気に勝てなくて」

別に夜更かししているわけでもないんだけど、と付け足すと、綾崎は何でだろうねと不思議そうな表情をした。
――そんななんて事のない日常の中に割り込んでくる異物の存在は、すぐに俺達の目に入った。

「え?何これ」

それに最初に気付いたのは委員長だった。
委員長が足元に目を向けてそう呟いたのを聞いて、俺達も目線を床に向けた。

「魔法、陣……?」

そこにはファンタジーな作品とかでよく見るような、中を幾何学的な線で埋めた円――いわゆる魔法陣が、そこにあった。
慌ててその円から飛び出そうとしたが、どういうわけか体が動かない。
魔法陣は俺達を逃がすまいとでもしているかのように、強く輝き出した。

「くそ……!どうな







白い光で目の前が真っ白になって、その次の瞬間には、俺は森の中に立っていた。

「何だこれ……」

そう呆然と呟いて、すぐに周囲を見渡した。
委員長も、綾崎も、少なくとも見える範囲内にはいなかった。
あいつらはどうなったんだろう。
確か二人も魔法陣の中に入っていた筈だけど、他の所に飛ばされたのか、それとも二人は何ともなかったのか――考えても、埒が明かない。

「つーか、ここどこ?」

一面に広がる森は、密生した木々によって光が通らないのか、まるで夜のように暗い。
たまに木の少ない場所があるようで、そこから光が降り注いでいた。
とりあえず行く宛もないし、救助を待つなら開けた場所の方が良いだろうとそこまで歩く事にした。

「でもこれ、本当にどこだろ」

少し落ち着いてくると、花が今まで見た事ないような珍しいものである事に気が付いた。
毒々しい黄色と桃色の花、良い匂いのする淡い青色の花、動物を食べている赤い花。

「いや待て、何か変なのが――」

慌てて振り向いて、そこに何がいたのかを確認する。

鮮やかな赤。

けれどそれはだらだらと垂れ流されていて、僅かに見えた本来の花の色は純白。
本来ならめしべかおしべのある中心部が口のようになっていて、そこに器用に花弁を使って、苦しみもがく狼らしき生き物を食べている。

「なんなんだよ、これ……!」

じりじりと、ゆっくり時間をかけて、決してあの花から目を離さないようにしてこの場から離れる。
光のある方へ向かってみるが、これじゃあもしかすると、通りがかった航空機に救助を求める事すらできないかも知れない。
自力で街まで移動するのが最善なんて可能性も出てくる。
事態がより悪化しているなんて冗談じゃない。

「いって!!」

何かにつまづいて転ぶ。
早く逃げないとならないのだが、何故だが立ち上がる事ができない。
何かに引っかかったのかも知れないと、何につまづいたのかを確認する為に足に目を向けた。

「ひ……っ」

立ち上がる事ができなかったのは、到底俺を引き止める事ができないような小さな手が――人間のものとは思えないような青白い色を持った小さな手が、がっしりと俺の足を掴んでいたからだった。

あまりの恐怖に、意識が遠のいていくのが分かった。

・・・

目を覚ますと、岩をくり抜いたような天井が目に入った。
起き上がろうとして、違和感に気付く。

「なんで、腕がないんだ……?」

起き上がろうと地面につこうとした左腕が、肩からなくなっている。
断面には包帯が巻かれていて、誰かが手当してくれたのは間違いないが――

「がっ、あ、あああああああああああっ!!」

腕がない事を認識したせいか、腕がなくなった事による痛みを、体が、脳が、認識し始めた。

「はっ、があっ……ぐ……っ」

一体どうしてこんな事になっているのかと――朦朧とする意識の中で、俺はぼうっと考えていた。

・・・

目を覚ますと、岩をくり抜いたような天井が目に入った。
先程意識を失ったのと同じ場所で、相変わらず腕はない。
そこまで認識したところで、痛みが襲ってきた。

「が――――――」

・・・

目を覚ました。
腕がなくて痛かった。

・・・

目を覚ました。
痛い。
痛い。






目を覚ますと、岩をくり抜いたような天井が目に入った。
先程意識を失ったのと同じ場所で、相変わらず腕はない。
腕がない事に気付いてからしばらくは目覚めては痛みに苦しんで気絶という流れを繰り返していたが、もう慣れた。
気絶している内に新たな部位がなくなっている事もなく、一体誰が自分の腕を奪ったのかと疑問に思う。
どうやら俺は、岩を抉って作ったような部屋で寝ていたようだ。
出入口は石版を立てかけただけの簡単な扉しかなく、窓はない。
外に出た途端襲われる可能性だってあるのだが、じっとしているのは落ち着かない。
俺は中身がなかったのか、妙に軽い石版を退けて、部屋の外へ出た。

廊下、と呼ぶべきだろうか。
170くらいの俺の身長だと、少し身を屈めなければならない高さの通路を、息を、足跡を、気配を殺しながら進む。
といっても俺が気配を殺そうとしても、素人くらいの技術しかないのだが。

ふと血の匂いがして、そちらへ向かう事にした。
特に理由はない。
なんとなく、だった。

「あ……」

そして匂いに誘われ辿り着いたそこで目にしたのは、多量の血を流して倒れている少女――
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