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回復魔法のおかげか体はかなり楽になり、一緒に出勤している彼にお礼を伝える。


「ありがとう、介抱も回復魔法も。あなたのおかげで助かりました」


「ああ、これからは僕がいる」


紫の瞳と真っ直ぐ見つめ合う。


「僕が君を支えると言っただろう。もっと頼ってくれ」


真剣に話すミハイルは、いつも別れる王宮の門で離れて行かない。

「あの、こっちは魔法支援室の方なんだけど」

「送っていこう。君は僕がいないとだめらしい」

「そんなこと一言も言ってないよ」

「昼食も君の分まで用意したから、僕の研究室で食べよう。僕が見張ってないとまた倒れるかもしれない」

「ええ・・・」

「来ない場合は魔法支援室で食べることにする」

「わかったよ・・・お昼に行くから、迎えに来ないでね」

「ああ、定刻になったら迎えに行く」

微妙に噛み合わない会話にイライラしつつ、魔法支援室の前で注目を浴びながら入ろうとすると、ミハイルはみんなを睨みつけて去っていき、その後ろ姿を呆然と眺めた。



私は大きくため息をつくと、アルノーが話しかけてくる。

「また魔法にかかったんすか?」

「いや、元のままだよ」

周りのみんなも入ってる。

「前にも睨まれたぜ、俺」

「元に戻っても同じなんだね~」

ユリアさんも会話に混ざる。

「良かったじゃない、マール。じゃあ今日も忙しいからマールのお迎えが来るまでに頑張るわよ」

私はどういう表情をしていいのか分からず、とりあえず仕事に取りかかった。



お昼になるとみんなに追い出されて、歩き慣れたミハイルの研究室に向かう。

(また、あの部屋に入れると思わなかったな・・・)

無意識にポケットに入ってる水晶を握りしめていると、部屋の前で待っているミハイルと目が合い、誤魔化すように手をあげていた。


「おまたせ、っ・・・!」


その手を掴まれると、ミハイルの研究室に押し込められ、両手に囲われる。

朝とは違い、怒った彼の雰囲気に思わず体が竦んだ。


「迷わず・・・来れたんだな」


「来たこと、あったから」


「僕の記憶では君をこの部屋に入れるのは初めてだ」


「そう、だね」


「魔法にかかった僕を思い出している時の君は特に分かりやすく、苦しそうにする。目の前の僕を見てくれないか?」


「その・・・ごめん」


「申し訳なさそうな顔をするなら、名前を呼んでくれ。目の前の僕の名前を」


紫の甘い瞳に切なく見下ろされ、私は震える唇で目の前の彼の名前を呼ぶ。


「・・・っ、ミハ、イル・・・」


「ちゃんと目を合わせて」


紫の瞳と真っ直ぐ目を合わせ、もう一度呼ぶ。


「・・・ミハイル」


彼の甘い顔立ちが蕩けるように笑う。その顔に目を奪われていると、愛おしそうに額同士が触れ合った。


「マール」


「・・・っ!」


「照れているのか・・・可愛いな」


頭を優しく撫でる手の動きは彼と全く同じだ。

「お腹は減っているか?今日はたくさん作ったんだ。こっちで食べよう」

腕を引かれ、よく知っている研究室のテーブルに連れられた。




隣で上機嫌で食べているミハイルに、気になることを聞いてみた。

「あの、ミハイル」

「なんだ、マール」

嬉しそうに食べる手を止め、こちらを見ている。

「ミハイルの髪って、魔法にかかった貴方が切ったじゃない。それは良かったの?」

「ああ、君の好きな小説に出てくる王子様と同じだからな」

短くなった綺麗な銀髪をかきあげている。

「どうして・・・知ってるの?」

「よく共有スペースで読みながら寝ていただろう。表紙に描かれていたのを見たことがある」

まだ共同生活が始まった頃、ミハイルは夜中まで帰ってこないので共有スペースで小説を読みながらたまに寝落ちしていて、いつの間にかブランケットがかかっていたのはあの頃の彼のおかげだったのかと気付く。


「マールに好かれるためなら、君の理想に近付きたいと、魔法にかかった僕は変わったんだろうな。今の僕もその気持ちはよく分かる。だからこのままでいる」


私に髪型を見せるように横から屈む彼が、初めて髪を切った時に見せてくれたミハイルと重なった。


「マールに好かれたいんだが・・・」


照れるように見つめる理想の王子様は、息をのむほど魅力的で・・・胸がときめく。


(この気持ちは、まだ知りたくない・・・)




定刻になったので、みんなと一緒に退出すると私はミハイルがいつも迎えに来てくれるベンチに座っていた。

光ることのない水晶をそっと握りしめる。


(私はこのまま、彼と結婚するのかな・・・)


「マール」


愛しの声に呼ばれ、すぐに顔を上げる。


「ミハ、イル・・・」


「ふっ、残念そうな顔だな」


悲しそうなミハイルの表情に、目が合わせられない。


「・・・帰るぞ」


王宮から帰る道はミハイルと一緒に歩いているのに、ひとりで歩くかのような寂しさを感じた。
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