367 / 385
台湾編 本章 ルート『正義』
落月に立つ花
しおりを挟む
この世界には、『答え』などない。
数多の『選択』が『現在』をかたどっている。それだけが『真実』だ。
あのときこうしていれば――。そんな『たられば』の空想は意味を持たない。こうして『今』が確定しているから。――ではなく。『あのときこうしていたら』の『世界』も、すでに『ここ』に、あるからだ。
すべては『我ら』の手のひらにある。『可能性』よりも確実に、極小のこの一点に、あらゆる『現実』は内包されている。
だが、『物語』は、ひとつの道筋しか描けない。それは、『あなた』が選択した――『わたし』が選択した――その、重なり。
もっとも鮮明で、もっとも肉感的な、交わり。『主観』と『主観』の、『妥協点』。
我々は、『正義』を束ねて生きている。
我らの『正義』を押し付けて。彼らの『正義』を受け入れて。
掲げ。叫び。信じ。頼り。縋り。認め。許し。取り。選び。捨て。探し。思い。忘れ。零し。揺れ。握り。紡ぎ。削ぎ。磨き。知り。解し。
どうしようもないことをどうにかして、やっとの思いで、立っている。
必ず、『他人』が存在する世界だから。『自分』を殺して、生きている。
だけどどうしても、譲れぬ『正義』が、人にはある。
誰かの『正義』を歪めても、語るべき『言葉』が、あるものだ。
これが、世界に蔓延する、『不条理』。
人類に科せられた、『罪業』だ。
――――――――
痺れるような感覚がして、若女は跳ね起きた。
周囲を検分するに、寝室だった。眠っていた。隣には、愛する男性が、まだ寝息を立てている。
穏やかな表情で。安心しきった表情で。
すべてを安堵したままの、緩みきった表情で、そこにいる。
「このまま……このまま……」
その平穏を守るように、若女はベッドを出る。それから、そばにあるベビーベッドに向かった。だいぶ落ち着きを得てきた息子に、やはり癒される。
できることなら、この時間を永遠に……。若女にだって、そのような願望はある。愛する家族たちと、ずっと、一緒に――。だが、終焉は、待ってくれない。
「リュウくんをお願いね、ジャーくん」
そう告げて、彼女は息子に、キスをした。
*
外に出る。街は静まり返っていた。
深夜三時だ。人っ子ひとりいない。
誰もが明日を――新たな今日を、迎えられると、信じて疑わず、眠っているのだろう。
そしてそれ自体は、さして間違いじゃない。
「みんなみんな、安らかな気持ちでおねんねちゅう。世界はすてきに、帳を降ろした」
両手を広げて、天を抱えるように、仰ぐ。
そのとき、まるで、それを合図としたように、空間が、傾いた。
『わっ――』と、小さな阿鼻叫喚が、瞬間だけ、聞こえる。眠らずにいた者たちか、あるいは、夢の中から引き戻された幾人かが、世界の変容に、怯えたのだ。
だが、それも束の間。たしかに、おかしな感覚があった。地割れに飲まれたような、身体が――世界が、傾いた感覚はあった。しかし、過ぎ去ってみるに、世界はなにも、変わっていないような気さえする。
ゆえに、街は、また静寂に落ちた。改めて眠りに誘われた。誰もがなにも知らぬまま、世界の終焉は、まだ、続く。
『終焉の斎が来た』
「うるさいうるさい。うるさいの、イシちゃん」
広げた腕を引き戻し、その勢いで、頬を叩く。だが、彼女の行動を予期していた『意思』は、醜態をさらすまえに、彼女のうちへ引っ込んでいた。
『もはや世界の『振れ』は止まらぬ。人類はこれより、『箱庭』から解き放たれる』
その瞬間、また、転びそうになるほどの、世界の傾きが、平衡感覚を狂わせた。
「うん……知ってる。でも、イシちゃん――」
「なにを知っているんだ、シンファ」
「――――っ!!」
振り返ると、そこには、息を切らした若男がいた。その腕には、愛する息子を抱いている。
「おまえ、またひとりですべて、抱えていたな。……そんなに俺は頼りないか?」
「……早すぎるよ、リュウくん」
「俺は――」
若男が言いかけたそのとき、また、世界が振れる。それは、地震のようで、まったく違った。
そしてこの三回目の『振れ』で、若男にもその異様が、わずかに理解できてきた。
「月が――割れている――?」
天に煌めく満月が――言葉通りだ、割れていた。ふたつの半月に砕け、わずかにずれて、見える。満月の写真を半分に切り、ずらしたかのようだ。世界の次元が、ぶれている。
「リュウくん。時間がない。もう少しで、『箱庭』は、ひっくり返される」
「『箱庭』とはなんだ? 解るように言え。おまえは、なにをしようとしている」
『人類の解放』
「うるさい。イシちゃんは引っ込んでて」
若女は、思い切り両頬を叩こうと――して、静かにやめた。そのまま、自身の頬を優しく包み、気持ちを鎮める。
「人類の……解放だと――」
「……人類は、この世界を追い出される。この肉体から解放される。神が創ったこの肉体から、私たちの魂は、あるべき場所へ、還される」
「な……ん、だと……?」
「人類は、過ちを犯しすぎた。もはや世界を任せるには、及ばない。……それが、世界の判断。イシちゃんを遣わした、『神』の、意思」
このとき、四度目の、傾き。また月は――天は割れ、空間が、砕けていく。
「でも、だいじょうぶ。だいじょうぶなの、リュウくん」
大地は、安泰に思える。たしかに、まだ、立てている。だが、地面は確かなまま、天が、空間が、震えて――振れている。
後にして解ることであるが、これが、『幾何金剛』に封じられる以前の、『天振』の影響。遮られることのないそのエネルギーは、空間を次元ごと、引き裂く。
「大丈夫……大丈夫、だと――?」
バランスを崩しながら、その埒外の天変地異に慄きながら、若男は、唇を噛む。
この、理不尽な災厄に、圧倒的な再編に、無力な己を――人類という存在を、悔やんで。
「こんなものが、大丈夫になって、たまるかっ――!!」
「――――っ!!」
いまだ揺れ、震え――振れ続けている世界を見、若男は叫んだ。愛する彼女へ向かい、覚束ない足で、詰め寄る。
「こんなことのために、おまえは、なにを犠牲にする気だ!? 大丈夫だと!? これを『大丈夫』にするために、おまえはこれまで、これから、なにをするというのだ!!」
「私は――」
「俺を見ろ!!」
憤怒に近い。その怒号に、若女は委縮した。それでも、言われるままに、彼を見る。怒りを返すように、睨む。
「俺がいる……。俺と、この子が――ジャーくんがいる。これだけでは足りないのか? おまえがおまえを犠牲にすることをためらわせるのに、俺たちでは、足りないのか?」
「…………」
夫を見、子を見、そうして下がった視線は、さらに、下がる。自分自身を見るように、うつむく。
「私は――」
幾度目かの振れに、若女は気持ちを持ち直す。
「犠牲になんかならない。あなたと――あなたたちと、ともにいる。だいじょうぶ。……だいじょうぶ、だから――」
それは、言い聞かすような言葉。愛する家族へ。夫へ。子へ。そして――
自分自身へ言い聞かす、言葉のようだった。
振れる世界の中、震える自分に、諭す声。
母が子に言い聞かせる、優しさの音。
「リュウくん。ジャーくん。よく聞いて」
彼の――彼らの肩を掴み、その目を見つめ、若女は語る。
「『異本』は、人類の代わりにこの世界に立つ、新しい生命体。だけど決して、敵なんかじゃない」
自分の胸に、その奥にいまだいる、存在。それに意識を向けて、手を当てて、思う。
「私たちは、解り合える。共存できる」
空間が、振れる。この世のすべてが引き裂かれて、そのうちにいる、魂が、取り出される感覚。
それを感じて、若男は、彼らの子は――
「……きっと、また、会えるから――」
そう言って、満面に笑う彼女を、最後に見た。その姿を焼き付けたまま、すっ――と、意識を、失う。
――――――――
ガラス細工のように砕けていく世界を見上げ、彼女はひとつ、呼吸する。
持ち出してきた『物語』を、その胸に抱き、自らの、内側へ。
「イシちゃん。聞こえる?」
『是』
「あなたの意思は、完遂された。そうよね?」
『正しく。我が存在意義は、滞りなく』
「だったら、もうあなたは自由なはず。好きに生きて、いいはず」
『…………』
「人類の魂は、肉体を失う。私たちは、あるべきところへ、順当に、還る。悪いことじゃないわ。それは、いつか人類が迎えるべき、終焉。神を模して生まれた私たちは、いつか、『神になる』ことを宿命づけられている。それが、いま。だけど――」
『…………』
「だけど私は、まだ、このままがいい。触れて、熱をもって。痛くて、愛おしい。この息苦しさを抱えて――人間として、生きていたい」
『もはや、解放は止まらぬ。人知の及ぶ事象では無い』
自身の口から放たれる、別なる者の言葉に、若女はひととき、間を開けた。
終わりゆく世界に、見惚れて。それでも、人の世に、焦がれて。
「これから、因果を立て直す。『私たちの魂は、人体という箱庭を、神の意思により追い出される』。――この物語を、『因果』を、ぜんぶ虚言に変えちゃうの。……でも、私にはできない。これを扱うには、あなたの力が、必要」
強く言って、彼女は自ら描いた物語を、握り締める。
それは、『ずっとそばにいる』、『あなたたちを見守っている』、だから、『あなたはひとりじゃない』、という思いを込めた、物語だ。
彼女が伝えたかったことを、世界に抱いた思いを、家族を愛する気持ちを、懸命に込めた、一冊。
いずれ、『啓筆』序列一位として、すべての『異本』を統べることとなる、言葉の束。
この世のすべてを受容した彼女から、愛する世界へと捧げる、色とりどりの、花束だ。
『……理解しているか、人間。我を受容するということは、汝は――汝だけは――』
「解ってる」
彼女は、最初から、解っていた。
「私の魂は、あなたと結ばれる。あなたとともに、天に還る」
『…………』
長い時間を、彼女たちは過ごした。ずっと変わらず、その『意思』は、若女の中に住んでいた。
だから、その間、彼女がなにを考え、なにを思い、なにを決意してきたかを知っている。矮小な人間が、それでも懸命に、なにを信じてきたかを知っている。
心などない、ただの、『意思』。神に遣わされた、ただの、『意思』。
『……よかろう。汝の物語に、付き合おう』
ただそれだけの『意思』が、いま、こうして、一個の人格となった。
『白心花』
そしてその自我で、友の名を、呼んだのだ――。
数多の『選択』が『現在』をかたどっている。それだけが『真実』だ。
あのときこうしていれば――。そんな『たられば』の空想は意味を持たない。こうして『今』が確定しているから。――ではなく。『あのときこうしていたら』の『世界』も、すでに『ここ』に、あるからだ。
すべては『我ら』の手のひらにある。『可能性』よりも確実に、極小のこの一点に、あらゆる『現実』は内包されている。
だが、『物語』は、ひとつの道筋しか描けない。それは、『あなた』が選択した――『わたし』が選択した――その、重なり。
もっとも鮮明で、もっとも肉感的な、交わり。『主観』と『主観』の、『妥協点』。
我々は、『正義』を束ねて生きている。
我らの『正義』を押し付けて。彼らの『正義』を受け入れて。
掲げ。叫び。信じ。頼り。縋り。認め。許し。取り。選び。捨て。探し。思い。忘れ。零し。揺れ。握り。紡ぎ。削ぎ。磨き。知り。解し。
どうしようもないことをどうにかして、やっとの思いで、立っている。
必ず、『他人』が存在する世界だから。『自分』を殺して、生きている。
だけどどうしても、譲れぬ『正義』が、人にはある。
誰かの『正義』を歪めても、語るべき『言葉』が、あるものだ。
これが、世界に蔓延する、『不条理』。
人類に科せられた、『罪業』だ。
――――――――
痺れるような感覚がして、若女は跳ね起きた。
周囲を検分するに、寝室だった。眠っていた。隣には、愛する男性が、まだ寝息を立てている。
穏やかな表情で。安心しきった表情で。
すべてを安堵したままの、緩みきった表情で、そこにいる。
「このまま……このまま……」
その平穏を守るように、若女はベッドを出る。それから、そばにあるベビーベッドに向かった。だいぶ落ち着きを得てきた息子に、やはり癒される。
できることなら、この時間を永遠に……。若女にだって、そのような願望はある。愛する家族たちと、ずっと、一緒に――。だが、終焉は、待ってくれない。
「リュウくんをお願いね、ジャーくん」
そう告げて、彼女は息子に、キスをした。
*
外に出る。街は静まり返っていた。
深夜三時だ。人っ子ひとりいない。
誰もが明日を――新たな今日を、迎えられると、信じて疑わず、眠っているのだろう。
そしてそれ自体は、さして間違いじゃない。
「みんなみんな、安らかな気持ちでおねんねちゅう。世界はすてきに、帳を降ろした」
両手を広げて、天を抱えるように、仰ぐ。
そのとき、まるで、それを合図としたように、空間が、傾いた。
『わっ――』と、小さな阿鼻叫喚が、瞬間だけ、聞こえる。眠らずにいた者たちか、あるいは、夢の中から引き戻された幾人かが、世界の変容に、怯えたのだ。
だが、それも束の間。たしかに、おかしな感覚があった。地割れに飲まれたような、身体が――世界が、傾いた感覚はあった。しかし、過ぎ去ってみるに、世界はなにも、変わっていないような気さえする。
ゆえに、街は、また静寂に落ちた。改めて眠りに誘われた。誰もがなにも知らぬまま、世界の終焉は、まだ、続く。
『終焉の斎が来た』
「うるさいうるさい。うるさいの、イシちゃん」
広げた腕を引き戻し、その勢いで、頬を叩く。だが、彼女の行動を予期していた『意思』は、醜態をさらすまえに、彼女のうちへ引っ込んでいた。
『もはや世界の『振れ』は止まらぬ。人類はこれより、『箱庭』から解き放たれる』
その瞬間、また、転びそうになるほどの、世界の傾きが、平衡感覚を狂わせた。
「うん……知ってる。でも、イシちゃん――」
「なにを知っているんだ、シンファ」
「――――っ!!」
振り返ると、そこには、息を切らした若男がいた。その腕には、愛する息子を抱いている。
「おまえ、またひとりですべて、抱えていたな。……そんなに俺は頼りないか?」
「……早すぎるよ、リュウくん」
「俺は――」
若男が言いかけたそのとき、また、世界が振れる。それは、地震のようで、まったく違った。
そしてこの三回目の『振れ』で、若男にもその異様が、わずかに理解できてきた。
「月が――割れている――?」
天に煌めく満月が――言葉通りだ、割れていた。ふたつの半月に砕け、わずかにずれて、見える。満月の写真を半分に切り、ずらしたかのようだ。世界の次元が、ぶれている。
「リュウくん。時間がない。もう少しで、『箱庭』は、ひっくり返される」
「『箱庭』とはなんだ? 解るように言え。おまえは、なにをしようとしている」
『人類の解放』
「うるさい。イシちゃんは引っ込んでて」
若女は、思い切り両頬を叩こうと――して、静かにやめた。そのまま、自身の頬を優しく包み、気持ちを鎮める。
「人類の……解放だと――」
「……人類は、この世界を追い出される。この肉体から解放される。神が創ったこの肉体から、私たちの魂は、あるべき場所へ、還される」
「な……ん、だと……?」
「人類は、過ちを犯しすぎた。もはや世界を任せるには、及ばない。……それが、世界の判断。イシちゃんを遣わした、『神』の、意思」
このとき、四度目の、傾き。また月は――天は割れ、空間が、砕けていく。
「でも、だいじょうぶ。だいじょうぶなの、リュウくん」
大地は、安泰に思える。たしかに、まだ、立てている。だが、地面は確かなまま、天が、空間が、震えて――振れている。
後にして解ることであるが、これが、『幾何金剛』に封じられる以前の、『天振』の影響。遮られることのないそのエネルギーは、空間を次元ごと、引き裂く。
「大丈夫……大丈夫、だと――?」
バランスを崩しながら、その埒外の天変地異に慄きながら、若男は、唇を噛む。
この、理不尽な災厄に、圧倒的な再編に、無力な己を――人類という存在を、悔やんで。
「こんなものが、大丈夫になって、たまるかっ――!!」
「――――っ!!」
いまだ揺れ、震え――振れ続けている世界を見、若男は叫んだ。愛する彼女へ向かい、覚束ない足で、詰め寄る。
「こんなことのために、おまえは、なにを犠牲にする気だ!? 大丈夫だと!? これを『大丈夫』にするために、おまえはこれまで、これから、なにをするというのだ!!」
「私は――」
「俺を見ろ!!」
憤怒に近い。その怒号に、若女は委縮した。それでも、言われるままに、彼を見る。怒りを返すように、睨む。
「俺がいる……。俺と、この子が――ジャーくんがいる。これだけでは足りないのか? おまえがおまえを犠牲にすることをためらわせるのに、俺たちでは、足りないのか?」
「…………」
夫を見、子を見、そうして下がった視線は、さらに、下がる。自分自身を見るように、うつむく。
「私は――」
幾度目かの振れに、若女は気持ちを持ち直す。
「犠牲になんかならない。あなたと――あなたたちと、ともにいる。だいじょうぶ。……だいじょうぶ、だから――」
それは、言い聞かすような言葉。愛する家族へ。夫へ。子へ。そして――
自分自身へ言い聞かす、言葉のようだった。
振れる世界の中、震える自分に、諭す声。
母が子に言い聞かせる、優しさの音。
「リュウくん。ジャーくん。よく聞いて」
彼の――彼らの肩を掴み、その目を見つめ、若女は語る。
「『異本』は、人類の代わりにこの世界に立つ、新しい生命体。だけど決して、敵なんかじゃない」
自分の胸に、その奥にいまだいる、存在。それに意識を向けて、手を当てて、思う。
「私たちは、解り合える。共存できる」
空間が、振れる。この世のすべてが引き裂かれて、そのうちにいる、魂が、取り出される感覚。
それを感じて、若男は、彼らの子は――
「……きっと、また、会えるから――」
そう言って、満面に笑う彼女を、最後に見た。その姿を焼き付けたまま、すっ――と、意識を、失う。
――――――――
ガラス細工のように砕けていく世界を見上げ、彼女はひとつ、呼吸する。
持ち出してきた『物語』を、その胸に抱き、自らの、内側へ。
「イシちゃん。聞こえる?」
『是』
「あなたの意思は、完遂された。そうよね?」
『正しく。我が存在意義は、滞りなく』
「だったら、もうあなたは自由なはず。好きに生きて、いいはず」
『…………』
「人類の魂は、肉体を失う。私たちは、あるべきところへ、順当に、還る。悪いことじゃないわ。それは、いつか人類が迎えるべき、終焉。神を模して生まれた私たちは、いつか、『神になる』ことを宿命づけられている。それが、いま。だけど――」
『…………』
「だけど私は、まだ、このままがいい。触れて、熱をもって。痛くて、愛おしい。この息苦しさを抱えて――人間として、生きていたい」
『もはや、解放は止まらぬ。人知の及ぶ事象では無い』
自身の口から放たれる、別なる者の言葉に、若女はひととき、間を開けた。
終わりゆく世界に、見惚れて。それでも、人の世に、焦がれて。
「これから、因果を立て直す。『私たちの魂は、人体という箱庭を、神の意思により追い出される』。――この物語を、『因果』を、ぜんぶ虚言に変えちゃうの。……でも、私にはできない。これを扱うには、あなたの力が、必要」
強く言って、彼女は自ら描いた物語を、握り締める。
それは、『ずっとそばにいる』、『あなたたちを見守っている』、だから、『あなたはひとりじゃない』、という思いを込めた、物語だ。
彼女が伝えたかったことを、世界に抱いた思いを、家族を愛する気持ちを、懸命に込めた、一冊。
いずれ、『啓筆』序列一位として、すべての『異本』を統べることとなる、言葉の束。
この世のすべてを受容した彼女から、愛する世界へと捧げる、色とりどりの、花束だ。
『……理解しているか、人間。我を受容するということは、汝は――汝だけは――』
「解ってる」
彼女は、最初から、解っていた。
「私の魂は、あなたと結ばれる。あなたとともに、天に還る」
『…………』
長い時間を、彼女たちは過ごした。ずっと変わらず、その『意思』は、若女の中に住んでいた。
だから、その間、彼女がなにを考え、なにを思い、なにを決意してきたかを知っている。矮小な人間が、それでも懸命に、なにを信じてきたかを知っている。
心などない、ただの、『意思』。神に遣わされた、ただの、『意思』。
『……よかろう。汝の物語に、付き合おう』
ただそれだけの『意思』が、いま、こうして、一個の人格となった。
『白心花』
そしてその自我で、友の名を、呼んだのだ――。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜
KeyBow
ファンタジー
主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。
そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。
転生した先は侯爵家の子息。
妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。
女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。
ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。
理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。
メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。
しかしそう簡単な話ではない。
女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。
2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・
多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。
しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。
信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。
いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。
孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。
また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。
果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・
第二の人生、公爵令嬢として頑張りますぅ?
as
ファンタジー
闘病生活の末、家族に見守られ息を引き取ったら、重症の公爵令嬢サウスリアナとして目覚めた。何一つわからない中、公爵令嬢が残した日記を頼りに第二の人生をしぶとく生きます!
腐ったお姉ちゃん、【ヤンデレBLゲームの世界】で本気を出すことにした!
月白ヤトヒコ
ファンタジー
ある日、不遇な異母兄が虐げられる理由を考えていたら――――
この世界が鬼畜ヤンデレスキーな腐女子ご用達の、ほぼほぼハッピーエンドの無い、メリバ、バッドエンド、デッドエンドの散りばめられているBLゲーム【愛シエ】の世界だと気が付いた!
そして自分が、ゲームの攻略対象のメンヘラリバース男の娘こと第三王子のネロに生まれ変わっていることを知った前世腐女子の茜は、最推しだったゲーム主人公(総受け)のバッドエンド&死亡フラグをへし折ることを決めた。
まずは異母兄弟であることを利用し、ゲーム主人公のシエロたんに会うと――――
なんとびっくり、シエロたんの中身は前世の弟、蒼だったっ!?
BLは嫌だと『腐ったお姉様。伏してお願い奉りやがるから、是非とも助けろくださいっ!?』と、半泣きで縋られたので、蒼のお姉ちゃんである茜は、弟の生命と貞操と尊厳を守るため、運命に立ち向かうことにした。
「生でBLを見られる♪」というワクテカな誘惑を、泣く泣く断ち切って・・・
どうにかして、破滅、死亡フラグを折って生き残ってやろうじゃないのっ!!!!
掛かって来いや運命っ!
設定はふわっと。
多分、コメディー。
※BLゲームに転生ですが、BLを回避する目的なのでBLな展開にはなりません。
※『腐ったお姉様。伏してお願い奉りやがるから、是非とも助けろくださいっ!?』の、腐ったお姉ちゃんが主役の話。
『腐ったお姉様~』の方を読んでなくても大丈夫です。
錬金術師カレンはもう妥協しません
山梨ネコ
ファンタジー
「おまえとの婚約は破棄させてもらう」
前は病弱だったものの今は現在エリート街道を驀進中の婚約者に捨てられた、Fランク錬金術師のカレン。
病弱な頃、支えてあげたのは誰だと思っているのか。
自棄酒に溺れたカレンは、弾みでとんでもない条件を付けてとある依頼を受けてしまう。
それは『血筋の祝福』という、受け継いだ膨大な魔力によって苦しむ呪いにかかった甥っ子を救ってほしいという貴族からの依頼だった。
依頼内容はともかくとして問題は、報酬は思いのままというその依頼に、達成報酬としてカレンが依頼人との結婚を望んでしまったことだった。
王都で今一番結婚したい男、ユリウス・エーレルト。
前世も今世も妥協して付き合ったはずの男に振られたカレンは、もう妥協はするまいと、美しく強く家柄がいいという、三国一の男を所望してしまったのだった。
ともかくは依頼達成のため、錬金術師としてカレンはポーションを作り出す。
仕事を通じて様々な人々と関わりながら、カレンの心境に変化が訪れていく。
錬金術師カレンの新しい人生が幕を開ける。
※小説家になろうにも投稿中。
私は逃げます
恵葉
ファンタジー
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。
そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。
貴族のあれやこれやなんて、構っていられません!
今度こそ好きなように生きます!
天界に帰れなくなった創造神様は、田舎町で静かに暮らしたい
白波ハクア
ファンタジー
その世界はたった一柱の創造神『ララティエル』によって創られた。
【錬金術を語り継げなさい。さすればこの世界は、永久に発展し続けるでしょう】
原初の民にそう言い残し、創造神ララティエルは世界を創った疲れを癒すため、深い眠りについた。
それから数千年後──まだ眠いと寝返りを打ったララティエルは、うっかり体を滑らせて下界へと落ちてしまう。
何度帰ろうとしても、天界に回路が繋がらない。
部下と連絡を取ろうとしても、誰とも連絡がつかない。
というか最高神である創造神ララティエルが落ちたのに、誰も迎えに来ない。
帰りたいのに帰れない?
よろしい、ならばスローライフだ。
潔く諦めたララティエルは、創造神という地位を隠し、ただの村娘『ティア』として下界で静かに暮らすことを決意する。
しかし、ティアが創った世界では、彼女も予想していなかった問題が生じていた。
「魔物って何! なんで魔族敵対しているの! どうして錬金術師滅んでるのぉおおおおおおおお!?」
世界を放って寝ていたら、知らない生物が誕生していた。世界が栄えるために必要な種族が、全種族から敵視されていた。あれほど広めろと言った錬金の技術が、完全に廃れていた。
「いいよもう! だったら私自ら錬金術を広めてやる!」
冒険者ギルド専属の錬金術師として働くララティエルの元には、召使いとして召喚した悪魔公、町で仲良くなったハーフエルフ、王国の姫、勇者パーティーの元メンバー、様々な仲間が集うようになっていた。更には魔王まで訪ねて来て!?
「え、待って。私のスローライフは何処……?」
──これはうっかり者の創造神が、田舎でスローライフを堪能しながら、人類が必要ないと切り捨てた錬金術の素晴らしさを世界に広めていく物語である。
妹しか見ない家族と全てを諦めた私 ~全てを捨てようとした私が神族の半身だった~
夜野ヒカリ
恋愛
高校2年生と1年生の姉妹、姫野咲空と姫野美緒の相貌や雰囲気は姉妹とは思えない程にかけ離れている。
その原因は姉の咲空の顔にある大きな火傷の痕と、それを隠すために垂らした長い前髪。そして、咲空が常に表情なく重い空気を纏っていることであろう。
妹の美緒は白百合のように美しい少女であるのに……。
咲空の顔の火傷は美緒の“半身”たる神族、神狐族の朋夜が付けたものである。
しかし、それを咎める者はいない。朋夜が神族で、美緒がその半身だから。
神族──それは、伊邪那岐命と伊邪那美命が日本列島を去る際に、島々の守護を任された一族で神術という不思議な術を有する。
咲空はその炎に焼かれたのだ。
常に妹を優先しなければならない生活、、そんな生活に疲れきり、唯一の宝物である祖母の遺品を壊されたことで希望を失った咲空は、全てを捨てようと凍てつく河へと身を投げた。
そんな咲空を救ったのは、咲空のことを自らの半身であるという、最高位の神族。
咲空はその神族の元で幸せを手にすることができるのか?
そして、家族が咲空を冷遇していた裏に隠された悲しい真実とは──?
小説家になろう様でも投稿しております。
3/20 : Hotランキング4位
3/21 : Hotランキング1位
たくさんの応援をありがとうございます(*^^*)
魔王から領主にジョブチェンジ!? ~ダンジョンから始める領地経営~
一条おかゆ
ファンタジー
ラストダンジョン100階層に鎮座し、魔を統べていた魔王・キマドリウス。彼は悔しくも勇者との戦いに敗れ、第二の人生を歩まざるを得なくなった。
だがそんな彼は偶然にもとある老人に助けられ、あまつさえ領主という地位まで譲ってもらった!?
そして老人に譲られた領地を発展させるために、彼がとった行動はなんと「ダンジョンを作る」という馬鹿げたものだった――
これは元魔王の領主のほのぼの領地経営(多分)である。
感想や評価、待ってます! 作者が喜びます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる