箱庭物語

晴羽照尊

文字の大きさ
上 下
345 / 385
台湾編 本章 ルート『強欲』

FLAME END.

しおりを挟む
 雷閃を、振り払う。メイドのその動作のうちに、敵のふたりは、姿を消した。
 瞬間、だけ――。

「ウガアアァァ――!!」

 死角から、執事――のような怪物が、黒く煤けた身体を炎に包んで、メイドを襲う。

禍斗かとを解放しようが――」

 執事の極玉きょくぎょくを想起して、それでもメイドは、余裕の笑みを見せた。

「無駄なことですっ!」

 襲われかけていたメイド――メイドが、どこからか現れ、執事を蹴り飛ばす。触れるだけで蒸発するような高温の執事に触れ、順当には、溶けて消えた。だが、その一撃で、執事は転がされる。

 その隙に、また別方向から、風を切る音が――。

「……!? 槍っ!?」

 元来、執事が持っていたアイテム――『パラスの槍』。いまの執事には扱えない――扱うような理性もなければ、その必要もないそれが飛来し、メイドの腕を掠め、床に突き刺さる。
 それを投擲した者が――

「『鳴降めいごう』っ!!」

 叫ぶ。懸命な声とともに、彼女のは、メイドの腰を打った。遅れて、逆方向からは雷撃が――!

「はしたないですよ、ガーネット!」

 ピンヒールを脱いだらしい。その、あらわになった素足をメイドは掴み――掴み上げ、雷撃へ向かって投げ――

「なりふり構うのは、もうやめたわ」

 ようとした。――その腕が痺れて、つい力が緩む。
 空に浮いた令嬢は床に刺さった槍の柄を掴み、メイドの手を振りほどいた。身軽に空中で回転し、地に足をつける。そのまま槍を引き抜き、メイドへと薙いだ。

 身体に、帯電させている。これでは執事と同様、触れるだけでも感電しかねない。メイドは瞬時に、令嬢の身体に起きていることを理解した。

 令嬢が薙ぐ槍と、雷撃が同時に、メイドを襲う。躱そうにも、体勢を立て直した執事が、また迫っている。

 なるほど、逃げようはない。
 だが、躱す必要は、いまはない。

「本当にまったく、まぶしいですね」

 眼前に迫った雷撃を見て、メイドは呟いた。

 そしてそのまま、は消える――。

        *

 ――結末は、初めから解っていた。彼も彼女も、きっとそうだ。なのに――。

「どうして抗うのです、ガーネット」

 彼女を巡る電流は、もう地に流した。新たに電気を纏うことは、もうできない。なぜなら、とうに彼女は、『異本』を手放しているから。

『死』をこそ克服しても、その肉体は人間だ。両腕をぐちゃぐちゃに潰されれば、それはもう、動かせない。

 執事も、禍斗の力を使い果たした。禍斗の力は、使用者を蝕む。であるのに、内なる精神と和解もしないまま解放しては、いずれ全身を焦がし倒れるのは目に見えていた。

 ぼろぼろの令嬢の首を絞め、壁に押し当て、持ち上げる。小柄な彼女を、メイドよりも高い視線へ。そのまま、足元でまだあがく執事の頭を、メイドは踏みつけている。

 ――幾度の、攻防があった。だが、こうなることは目に見えていた。

 メイドは現在、『神の力』によって、その存在をあやふやにさせている。幾数もの実体を生み出し、そのうえ、それらが死に類するダメージを受けても、簡単に幻へと消し去ることができる。その能力のすべてを理解できなくとも、彼と彼女には、勝ち目のないことが理解できたはずなのだ。ひどく聡明な、執事と令嬢なら。

 であるのに、彼らは抗った。限界まで抗った。ぼろぼろに傷付けなければならないほどに、懸命に抗った。だから、なったのだ。

「愚かな夢を抱かなければ、あなたたちは美しいまま、終わることができた。であるのに、どうして抗ったのです、ガーネット」

 ほとんど気を失っている――あるいは、いまだ極玉に精神を乗っ取られ、話の通じない状態ともいえる執事を踏みつけて制し、メイドはただ、令嬢にだけ語りかける。両腕は、ゾンビ化している現状でももう、動かせないまでに潰した。まだ足は動かせるかもしれないが、抵抗は無理だろう。

 見るからにぼろぼろだ。だがきっとその精神は、それ以上にぼろぼろだ。ぼろぼろな、狂気だ。

 メラメラと、いまだ途方もない夢を見るように、眼光を燃やす。唯一の抵抗として彼女は、メイドを、睨みつけている。

「……人間、……だから」

「あなたはもう、人間ではありません」

 ようやくひり出した令嬢の答えに、メイドは即、否定を向ける。

「あなたがすべきだったのは、わたくしが来た時点で――せめて、勝てないと悟った時点で、『異本』を渡し、引き下がることでした。残りの時間を、せめて、幸福に。……カルナとともに、過ごすことでした」

「…………」

 瞬間だけ、令嬢の目から光が、霞んだ。それでも気丈に、まだメイドを、睨んでいる。
 いや、彼女が睨んで――見ているのは、もっとべつの、運命かなにか、なのかもしれない。

「聡いあなたなら理解していたはずです。なることが」

 メイドの方から一度、目を逸らした。その視線は、令嬢の、ぼろぼろな首から下へ向け
られる。それから、令嬢の目へ視線を戻した。まだ、煌々と燃える、眼光へ。

「……夢を、見たのよ」

「…………」

 次は、令嬢が視線を逸らした。さきほどのメイドのように、相手の足元を一瞥する。そこに倒れた、愛する人を、見る。
 全身は黒焦げで、理性のないまま、みっともなく暴れている。だがもう力は残っていないのだろう。メイドのひと踏みで、容易に取り押さえられた状態の、彼。

 それでも、ずっとずっといつくしむように、優しい目を、向ける。

「あたくしが求め続けた、あたくしのための世界。あたくしの幸福を詰め込んだ、苦しみも、悲しみもない、国。幼いころから焦がれた夢の形が、少し未来に、見えたのよ」

「ですが、その最後の一歩は、届かない。そう、解っていたはずです。なのにどうして、諦めきれなかったのですか」

「人間だからよ」

「…………」

 その目に、メイドは、なにも言わなかった。……言えなかった。

「人間だから、焦がれて。人間だから、諦めきれなくて。人間だから、無謀に挑んで。人間だから、破滅したのよ。あたくしは――あたくしたちは、果敢に挑んだ。やれるだけのことはやった――し、まだ、やりますわ。あたくしはあたくしの夢を、諦めない」

「…………」

 強い、目。すべてを見ながら、すべてを諦めない。そんな、人間の愚かさを振り切った、目だ。
 理性を超越している。ある種の酩酊状態だ。もうとっくに彼女は――彼と彼女は、正気じゃない。

 まるで幼い子どものように、馬鹿でまっすぐで、危うい。
 まったくもって人間らしい、『強欲』だ。

「……最期になにか、私にできることはございますか」

「……じゃあ――」

 思案するように長いまばたきをして、令嬢は、やはりメイドを、まだ、睨む。

「あたくしたちの結婚を、お姉さまに認めていただきたく、存じますわ」

「…………」

 ……ふう。と、メイドは息を吐く。令嬢と同様に、思案のような、長いまばたき。

「もう、好きにしなさい」

 言って、メイドは、彼女の首から、手を離した。ぼとり、と、死体のようにそれは、無抵抗に床へ、落ちる。
 メイドは、彼らに背を向けた。落ちた『異本』を――『鳴降』を回収。どうやら『抗力』はすでに薄らいでいる。もう十分、運べるだろう。

「…………」



 去り際、メイドは一度だけ、振り返った。

「本当に、忌々しい」

 そして、舌打ちをする。

「もう、……勝手にやってろ」

 捨て台詞を吐いて、扉を、閉めた。



 WBO本部ビル。地上30階。『応接室30‐2』での面談。

 婚姻。成立。

 ――――――――

「カルナ――」

 まだかすかに火種の残る執事に、令嬢は這い寄った。腕はもうぼろぼろだ。ほとんど動かせないし、力すら入らない。足は――少しなら動かせる。だからその足と、上半身のひねりで、少しずつ、彼に寄る。

 その、黒焦げの身体に――もう暴れる力もなさそうな、愛する人へ、頬を寄せる。
 熱が、じんわりと、身を焦がしていく。

「あなたをひとりにして、ごめんなさいね」

 ぱちり。と、瞬間だけ、電流がほとばしる。ぴくり。と、執事の身体が反応した。

 ――それから少しずつ、炎は広がった。頬から、襟もとへ。ぼろぼろの真紅のドレスに着火して、全身を包む。ぱちぱちと、細かな火花を散らして、熱は、彼女を覆った。

「愛してるわ。たとえこの身が、燃え尽きても――」

 最期に――。
 燃える唇で、黒く焦げた彼の口に、触れた――。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

異世界で料理を振る舞ったら何故か巫女認定されましたけども~人生最大のモテ期到来中~

九日
ファンタジー
女神すら想定外の事故で命を落としてしまったえみ。 死か転生か選ばせてもらい、異世界へと転生を果たす。 が、そこは日本と比べてはるかに食レベルの低い世界だった。 食べることが大好きなえみは耐えられる訳もなく、自分が食レベルを上げることを心に決める。 美味しいご飯が食べたいだけなのに、何故か自分の思っていることとは違う方向へ事態は動いていってしまって…… 何の変哲もない元女子大生の食レベル向上奮闘記――

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~

柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」  テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。  この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。  誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。  しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。  その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。  だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。 「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」 「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」  これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語 2月28日HOTランキング9位! 3月1日HOTランキング6位! 本当にありがとうございます!

スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!

KeyBow
ファンタジー
 日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】  変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。  【アホが見ーる馬のけーつ♪  スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】  はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。  出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!  行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。  悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!  一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!

最強幼女は惰眠を求む! 〜神々のお節介で幼女になったが、悠々自適な自堕落ライフを送りたい〜

フウ
ファンタジー
※30話あたりで、タイトルにあるお節介があります。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー これは、最強な幼女が気の赴くままに自堕落ライフを手に入を手に入れる物語。 「……そこまでテンプレ守らなくていいんだよ!?」 絶叫から始まる異世界暗躍! レッツ裏世界の頂点へ!! 異世界に召喚されながらも神様達の思い込みから巻き込まれた事が発覚、お詫びにユニークスキルを授けて貰ったのだが… 「このスキル、チートすぎじゃないですか?」 ちょろ神様が力を込めすぎた結果ユニークスキルは、神の域へ昇格していた!! これは、そんな公式チートスキルを駆使し異世界で成り上が……らない!? 「圧倒的な力で復讐を成し遂げる?メンド臭いんで結構です。 そんな事なら怠惰に毎日を過ごす為に金の力で裏から世界を支配します!」 そんな唐突に発想が飛躍した主人公が裏から世界を牛耳る物語です。 ※やっぱり成り上がってるじゃねぇか。 と思われたそこの方……そこは見なかった事にした下さい。 この小説は「小説家になろう」 「カクヨム」でも公開しております。 上記サイトでは完結済みです。 上記サイトでの総PV1000万越え!

裏切られ献身男は図らずも悪役貴族へと~わがまま令息に転生した男はもう他人の喰い物にならない~

こまの ととと
ファンタジー
 男はただひたすら病弱な彼女の為に生きて、その全てを賭けて献身の限りを尽くしながらもその人生を不本意な形で終える事となった。  気づいたら見知らぬお坊ちゃまへと成り代わっていた男は、もう他人の為に生きる事をやめて己の道を進むと決める。  果たして彼は孤高の道を突き進めるのか?  それとも、再び誰かを愛せるようになるのか?

勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します

華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~ 「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

処理中です...