箱庭物語

晴羽照尊

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パーマストンノース編

世界過半数の口上

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 唐突に現れた新たなる敵に対して、ロリババアは不意撃ちに『グリモワール・キャレ』を発動した。が、敵の一人、白髪混じりの丁年がそれを感知し、全員を逃がした。だって、その暗黒の空間内には、自分しか存在していなかったから。そう、理解する。

「だああああぁぁ!! なんだってんのさっ! 現れたり消えたり! ふっざけやがってええええぇぇ!!」

 漆黒の立方体の中で、地団太を踏んで悔しがる。この思考を放棄した感情任せの行動こそが、実のところ彼女の長所でもあった。
 格闘技の『型』を極め、それに戦う武闘家が、規格外に圧倒的で、単純な『パワー』に打ち負かされるようなもの。彼女のように天性の『フィジカル』も、『異本』への『親和性』も併せ持つ『強者』は、下手に型にはめるより感覚で動いた方が性能をいかんなく発揮できるし、その独自な動きには、戦闘に慣れた者であればあるほど、翻弄される。

 と、いうのは、格闘技の話。あるいは『異本』の話。ここで広げたいのはそんな話ではない。人にはそれぞれ、戦い方があるということ。

 暴力にも、武力にも頼っていい。知略を用いて、策を弄してもいいだろう。あるいはお金を稼いでもいい。稼がなくとも、なんらかの方法で得ればいい。それがたとえ、懸賞に当選するなり、誰かから譲られるでもいい。それら資金を投入し、傭兵を雇うなり、賢者に知恵を借りるなり、あらゆる最新技術を取り入れればいい。
 知恵も力も、お金さえなくとも、ただの努力であがいてみてもいい。ただの人望で、友人に頼ってもいいだろう。幸運で敵を退けても、偶然で状況を打破しても、きっとそれも、ひとつの手法だ。

 だが、人間にはもうひとつ、方法がある。

「相変わらず騒がしいね、ガウィ」

 喉を震わせ、大気を震わせ、鼓膜を震わせる。
 これが人間にだけ許された――心を、気持ちを、思惑を。願望を、空想を、希望を。狡知を、策謀を、妄想を。痛切を、憤慨を、憤怒を――伝える手段だ。

        *

「い、な、ら、い、くううぅぅんん?」

 語尾を大きく上げて、口角を、限界以上に上げて、そのために九十度以上も首を傾げて、ロリババアは彼を呼んだ。

「なに? 君だけ飲まれてたの? あはは。相変わらず運も、人望もないんだねえぇ?」

 本当は彼女が空間を作った後に、丁年の力で空間を繋げて、あえて移動してきたのだけれど。本来的には彼女は、自身の認識通りに、誰をも空間に取り込めていなかったのだけれど。

「まあ、勘違いしているならいいか」

 と、若者は呟いた。
 この状況までは、彼の思惑通りだ。しかし、ここからは即興である。

 逃げようと思った。あくまで瞬間的、一時的に、だが。というのも、もはや若者は敵対してしまっている。女の子と、『ムオネルナ異本』を逃がしたことで。だが、それもいまなら、ロリババアだけに対する敵対だ。まだ『本部』やその他構成員に伝わってはいないはずである。
 だから、いったん引いて、体勢を立て直したらすぐ、彼女への口封じを行わなければならなかった。そう思った。しかし、、と、思い直した。成長した三つ子を見て。そして、一度消えてみて、に行ってみて。

も、を知ったのか」

 いつかの言葉を思い出して、若者は最後に小さく、呟いた。

 暗い、黒い空間に腰を降ろしたまま苦笑し、ロリババアへ視線を持ち上げる。

        *

「単刀直入に言おう。ガウィ。ぼくたちを見逃せ、今後干渉するな、本部にも連絡はしないでもらいたい」

 言葉通りの単刀直入だ。駆け引きもなにもない。

「はああぁぁあ!? なに言ってんの? 稲雷いならいくん。頭、大丈夫!? そんな勝手な条件、飲むわけないよね!?」

 当然である。

「しかも、この状況! あなたは片足を失い満身創痍! そのうえ『グリモワール・キャレ』に飲まれ、いつでも、どうにでもできる! もう『天振てんしん』がたまたま偶然、あなたを救ったりはしないんだよ!?」

「確かにぼくは、もう『天振』の影響がここに波及しないと言ったけれど、どうしてきみがそれを信じているのか、疑問に思うけれどね」

「ええええぇぇ!? 嘘だったの!? この悪人!」

「べつに嘘だとも言っていないよ。ぼくが、まあどちらかというと悪人だというのは、首肯してもいいが」

 ふん? ロリババアはなにかを理解しかねたように、少し間を置き、鼻を鳴らした。

「とにかくワタクシの要求は、あなたのすべてにノーなのさ! 『虎天使』は回収! WBOにて管理する! ついでに稲雷くんも連れ帰るし、『ムオネルナ異本』もいただいていく!」

 ずびしっ! と、ロリババアは濃緑色の『異本』、正方形の一冊、『グリモワール・キャレ』を若者に突き付ける。要求が通らなければ、力づくで――能力ちからづくで目的を達成すると、言わんばかりに。

「実に勝手な要求だ。きみは世界のためなら、ひとりふたり人間が死ぬのは仕方ないと思うタイプかい?」

「もちろんさ! 全世界80億人! 40億とひとりが生き残るなら、残りの39億とひとりは死んだって仕方ないよね!」

 ……計算は合っていないが、言いたいことは伝わった。

「……まあ、ぼくも同じタイプだよ。人の命はみな、平等だ。たとえ生き残る40億とひとりが全員、明日をも知れぬ重病人だろうと、齢100歳を超えた高齢者だろうと、世界を震撼させた犯罪者だろうと、きみのような馬鹿だろうと、関係ないな」

 ん? と、若者の言葉にロリババアは首を傾げた。茶髪のポニーテールがゆらゆらと、炎のようにゆらめく。
 そこから先に彼女が出す答えは、もしかしたら若者の思惑を達成するのにプラスとなる思想だったかもしれない。しかし、若者はあえて、その言葉を待たずして、次の提案に移った。

「では、要求を変えよう。ガウィ」

 ひとつ、指を立てて、若者は望む。

「ぼく以外のすべてはどうなってもいい。だから、ぼくだけは見逃してくれ」

        *

 ロリババアの頭の中はもう、とうに、若者の言葉を処理する力を失っていた。いろんな感情が、情報が、思考が織り混ざって、たいていの言葉を反射神経のみで受け取っている。

「……稲雷くん。いま、なんて言ったの? あなた、本当に最低だね」

 素直に言葉が心に入るから、それゆえに純粋に、ロリババアはそう思った。思って、言葉にした。

「きみに――敵であるきみに、ぼくの思想をなじられる覚えはない。『虎天使R』は持って行け。『ムオネルナ異本』は、ぼくがうまくシロから回収しよう。あの『異本』をやけに気に入っている彼女だが、ぼくならうまく、彼女の感情を逆撫でることなく、受け取れるだろう。きみたちが力づくでやろうとしたなら、消されるのがオチだとしてもね」

「それ、脅しのつもりかな? 稲雷くん」

「事実だよ。それが脅しに聞こえるなら、それもいい。ただぼくはぼくを売り込んで、ぼくの――ぼくだけの身の安全と自由な行動を勝ち取ろうとしているだけだ」

「…………」

 ロリババアは、心底嫌そうな顔で、若者を見下した。

「新しく助けに入った彼女らも、ぼくがうまく話をつけよう。きっときみの邪魔はしない。……いや、どうしても邪魔なら消せばいい。ぼくの安全と自由を保障するというのなら、そのあたりの手助けもしてやるさ」

「そ――!」

 ロリババアは顔面を大いに歪めて、若者に詰め寄る。暗黒の地面を、どしんどしんと踏み鳴らしながら。

「そこまで自分が大事なの!? 気っっ持ち悪い! 吐き気がする! あなたを助けるために来てくれた子たちまで売るとか、もうあなたは、人間じゃないよっ!」

「彼ら彼女らが勝手にやったことだ。むしろ、自分たちを犠牲にぼくが助かるなら、本望じゃないのかい? ……そもそも、同じことを何度も言わせるな。きみにぼくの思想をなじる権利はない。ぼくが聞きたいのは、きみが答えるべきは、このぼくの要求を、きみが飲んでくれるかどうかだ」

「お断りだね! そんな胸糞悪い要求! むしろあなたが死ねよ! あなたは世界のために死ぬべき、39億とひとりの一員だ!」

 いまにも『グリモワール・キャレ』を操作し、若者を殺しかねない感情で、ロリババアは冷たく言った。

「なるほど。じゃあ、要求を変えよう」

 だから、若者はすかさず、敵に行動を起こさせる間など与えず、言葉を紡ぎ続ける。

「ぼくがWBOきみたちのために今後のぼくをすべて捧げよう。だから、この場で見たすべての出来事を、水に流してくれ」

 それは、それ以前に交わされたすべての言葉と、同等の温度と湿度で、紡がれた。


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