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エディンバラ編 序章
レンブラントの一光
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プラナリア。扁形動物門ウズムシ綱ウズムシ目ウズムシ亜目に属する動物。その特徴は、著しいまでの再生能力にある。
その体を複数――場合によっては数百にも切り刻んだとしても、その一片一片が独自に再生し、複数個体に生まれ変わるほど、かの再生能力は常軌を逸している。そして、ある研究によれば、それら各個体が、切り刻まれる前の記憶をも受け継ぐ、という報告まであるという。
「正確には、今回の学習は別個体に外から観察させて得た情報ですが、それでも十二分です。次は、容易にはいきませんよ?」
個体の一人が言った。つまり、燃え尽きたあの刺客が分裂したわけではない。むしろ、ここに来る前に分裂して、複数の自分で乗り込んできたということだ。道理で、たった一人で来たにしては余裕が過ぎる態度だったわけである。
どの個体も同様に深紅のタキシードを着こんで、気障な立居姿である。ゆえに、目がチカチカする、と優男は頭を抱えた。
いや、理由はもちろん、それだけではなかったが。
「あ、戦意喪失とかやめてくださいね。あなたからはもう少し、学べることがありそうですから。ご心配には及びません。全個体で一斉攻撃、などとつまらないことはいたしませんから」
そう言った個体がアイスピックを構える。やはり、指の間に挟んで、爪のように。
*
とある事情により、彼の左胸は急所たりえない。が、しかし、人体を貫かれたことは事実だ。いまさらになって、優男は嫌な汗を流し始めた。
「ちなみに、ここへは何体でいらっしゃったんですか?」
優男は問う。現状、見えているのは四体。これらすべてがさきほどと同じ戦闘能力を有しているとしても、ぎりぎりなんとかなるかもしれない。そう、勘定する。
「何体、って言い方は失礼ですねえ。んん……とりあえずはあと八人。のはずですけれど。別ルートの私たちが死んでいなければ」
と、いうことは、分裂してしまえば知識や感覚は共有していない。と、優男は冷静に分析する。八人というのは多いが、見たところ、この場にはとりあえず四人だ。それに現状では一斉攻撃をする気はないらしい。ならば、なんとかここの全戦力をもってすれば、なんとかならないこともないだろう。
そう、判断する。苦しい戦いにはなるだろうが、白旗を上げるほどではない。
「まあ、減っているかは解らないですけれど、増えているかも解らないですねえ。……こんなふうに!」
刺客の一人は言うと、その手に握られたアイスピックで、横薙ぎ一閃、別の刺客を腹部で真っ二つに切り裂いた。
驚愕する優男。しかし、すぐに思い至る。刺客の言葉をも思い返し、戦慄する。
切り裂かれた上半身からは下半身が即座に生え、逆に、下半身からは上半身が生える。ものの数十秒で、その一個体は二つの個体へと再生された。
「「これで合計十人。この場だけでも五人ですけど――」」
これくらいなら、イケますよね? 刺客は五人全員でもってにやりと笑い、しかめた顔の優男を見た。
*
その、不確定な人数が、優男の心を深く抉った。折られた――折られかけた、と言っても、過言ではない。
一人一人はさしたる強さもない。いや、十分に強い、が、おそらく優男一人でも、一対一で勝利できるほどの強さしかない。とはいえ、それも無傷で、とはいかないだろう。だからこそ、体の替えが利く、という事実は、精神的にくるものがあった。
その上、このような身体的特性があるのなら、おそらくその本体は――もはやどれが本体などとは区別されていないだろうが――それはきっと、彼らの本部に残っているはず。つまり、ここに攻め入ってきたすべての個体を倒し尽くせたとしても、それで終わりではないのだ。
「きっもちわりいんだよ! 消し炭だぜ!」
だが、そんな絶望的状況など理解し得ない馬鹿は、がむしゃらに炎を放った。まさしく火炎放射といった具合に、のべつまくなし、やたらめったらに刺客たちを狙う。
「おっと」「やれやれ」「当たりませんよ」「よく狙わないと」「まったく」
個性があるようでどれも同一な刺客が、それぞれ意味もない軽いセリフをほざきながら、四散する。
それこそ、まとまったところを狙うなら連携が必要だった。そう、優男は思う。せめて隙を突き、自分が油を撒き、一網打尽に焼却するなら可能性はあった。だが、これでその計画も実行不可能。あの馬鹿が、無意味に敵をばらけさしたから。
「ちい……!」
惜しかった。とでも言いたげに、悪人顔は舌打ちした。全然惜しくもない。優男は思う。
「おいおい、ゼノぉ」
悪人顔は相変わらずの馬鹿面で、つまるところがなにひとつ気負ってなどいなさそうに、やや優男を見下した。その、わずかに諦観を携えた表情を見て取り、鼻で笑う。
「まさか、こんな雑魚に屈する気じゃねえだろうな?」
そんな、状況もなにも解っちゃいない馬鹿の言葉に乗せられるのは癪だ。だが、優男の性格上、そういうまっすぐな貶しに、血流が乱れる。
*
気を取り直した。悪人顔の発破に乗せられたことは彼自身、無視することとした。とりあえず、どちらにしてもあがくしかないのだ。優男も死にたくはないのだし。
「そこまでです!」
そんな決意を根元から折る声。倉庫に隠れたはずの、淑女の、優男とは違う決意の叫びだ。
「あ、あーしが……というか、これが目的なんです、よね?」
おびえた声、態度。それは彼女の癖に近いもので、外見から観察するほどに彼女は弱い人間ではないのだが、それでも、当然、死地に飛び込むほどの屈強さは、まだない。
それでも、足りない勇気を、家族の顔を思い起こして奮い立たせ、声を張る。そして、刺客が求めてきたのであろう『異本』を掲げる。
「なんですか、それは?」
いや違う。正確には、彼らが求める『異本』を収めた『異本』。深緑色の装丁、『箱庭動物園』だ。
「こ、この中に、テス――『テスカトリポカの純潔』が収まって、います。処女受胎。聖書における神話、と同様。その……せ、性行為なしに、その子孫を繋いできた、奇跡のジャガー。その末裔の、細胞を持つ、一頭」
それを、彼女はいつだったか、少女から聞いていた。そしてそれは『極玉』と呼ばれる、神の遺伝子のひとつだと。いつか誰かが狙ってもおかしくない、突然変異の血族。
だが、そんなことなどどうでもいい。もはや、そのジャガーは自身にとっての『家族』そのものだ。だから、できうる限りに隠してきた。それでも、自分の大切な人たちを巻き込んでまで隠し通せるほど彼女は、人の心を失ってなどいない。
もちろん、だからといって大切な『家族』を生贄に捧げるつもりは毛頭ないが。
「この場を引いてください。あーしが、あーし一人が着いて行きます。みんなを無事に、見逃して、あーしがあなたたちの、組織のところまで行ったら、テスの細胞を少し分けてあげる。……それで、どうですか?」
悪人顔は、そんな彼女の言葉に声を上げた。それはだめだ。ルシアちゃんを一人行かせるなんて。とか。
優男は黙っている。悪人顔に乗せられたわけではあるが、やはり冷静になってみると分が悪い。だが、よく知りもしない掃除のボランティアとはいえ、組織の者を人身御供のように切り捨てるのは、自分の無能さを証明するようで気が乗らなかった。
だが、どちらにしても淑女は、そんな二人の言葉や感情など受け付けるつもりはない。悪人顔が淑女を慮るように、優男が少しは仲間意識を持っているように、淑女にも彼らに対してそれなりの好感情を持っているのだから。
「まあ、もちろんそれが私の目的ですが。……しかし、べつに殺して奪ってもいいわけですよ。私としては」
「それは、やめた方がいい、かな。……『箱庭動物園』は現状、あーしにしか扱えない。知らない? 『箱庭』シリーズは、受け継いでいくもの。正式に持ち主から使用権を受け継がないと、絶対に、誰にも扱えない」
テスを外に出せるのは、あーしだけ。そう、力強く言い放つ。正確には、『動物園』を受け継いだ老人や、その後、紳士にも受け継いでいる。だから、その二人は扱うことができたけれど、それは内密に。
「確かに、そういう情報は得ています。ですが、本当にその中に『テスカトリポカの純潔』が収まっているかは――」
未確認だ。言葉にはしない。その前に、淑女の覚悟が窺い知れたから。
仮に淑女の言葉が本当だとしても、それをこちらが信じるかは別問題だ。それを嘘だと判断すれば、やはり淑女を殺し、『箱庭動物園』を奪い、『テスカトリポカの純潔』を取り出そうと試行する、ということもあり得る。つまり、淑女はそれだけでは、自身の身が安全だと保障されないのだ。
そう、刺客は一考して、その覚悟を受け、決める。
「まあ、いいでしょう。ゼノさんは私の敵ではなかった。カイラギさんは逃げに徹している。……タギーさんもアリスさんもいない。この場ではもう、私は楽しめなさそうですから」
言うと、刺客たちはひとところに集まり、全員で淑女へ手を伸ばした。
「「「「「さあ、ともに行きましょうか。ええと――」」」」」
「ルシア。ルシア・カン・バラム」
「「「「「ルシアさん」」」」」
淑女は細心の注意を払って、そのうちのひとつの手を、取った。
*
淑女と五人の刺客が去った後、悪人顔が床を叩いた。
「くそうっ! くそ! くそがあぁっ!!」
くしくも優男ですら、同じ気持ちだった。いや、悪人顔が淑女の身を心配したのとは違い、ただ仲間とも呼べる者をみすみす連れて行かれたことに憤ったわけであるが、ともかく。
「やつあたりしないでくださいよ。耳障りだ」
「ゼノ! てめえ!」
しかし、それがやつあたりだと、馬鹿な悪人顔にも理解できたから、その声は意味もない叫びにとどまった。
そして――。
「「「「そうですよお。まだそんなに元気なら、私とやり合いましょうか」」」」
撤退したはずの刺客が、四人。新たに現れ、優男と悪人顔の目を引いたから。
「あなた……」
いや、どうして敵の言葉など真に受けた? そう、優男は後悔し、言葉を飲み込んだ。
その代り、溢れ出す、怒り。
足に力を込める。カエルの跳躍力。その力を、前方へ向け――。
「ふう……」
そして、その蛮勇に思い至り、息を吐いた。
その行動は、一定の成果を挙げただろう。敵はこちらの手の内をある程度把握しているが、それでも、その足の筋力を用いた攻撃はまだ、実際には見せていないのだから。
しかし、それよりもいまは、効果的に確実な方法が目端に捉えられたのだから。
「おっせえんですよ。ハゲさん」
その言葉に、刺客たちは振り向こうと――
「ハゲじゃない! スキンヘーッド!!」
した瞬間に、潰れた。気泡緩衝剤のようにあっけなく、いとも容易く。
「すみません。この場所が割れているとは、……私の失態です」
刺客を潰すのに使った手を、その付着した血液や脂を気にもせず――というよりそのようなもの、付いてなどおらず、普段通りに僧侶は、ハゲた頭を抱えた。
「それより――」
「ルシアちゃんが! 主教! ルシアちゃんがやべーんだよ!」
優男の言葉を先取り、悪人顔がわけの解らないことを言った。それではなにも伝わらない。
「かくかくしかじかです」
だから優男が改めて説明する。が、それでも僧侶は落ち着いたまま(頭は抱えたままだが)言い放った。
「ああ、そちらはたぶん、なんとかなるでしょう」
彼がいますし、それに、彼女も向かいましたから。
そう、付け加えて。
その体を複数――場合によっては数百にも切り刻んだとしても、その一片一片が独自に再生し、複数個体に生まれ変わるほど、かの再生能力は常軌を逸している。そして、ある研究によれば、それら各個体が、切り刻まれる前の記憶をも受け継ぐ、という報告まであるという。
「正確には、今回の学習は別個体に外から観察させて得た情報ですが、それでも十二分です。次は、容易にはいきませんよ?」
個体の一人が言った。つまり、燃え尽きたあの刺客が分裂したわけではない。むしろ、ここに来る前に分裂して、複数の自分で乗り込んできたということだ。道理で、たった一人で来たにしては余裕が過ぎる態度だったわけである。
どの個体も同様に深紅のタキシードを着こんで、気障な立居姿である。ゆえに、目がチカチカする、と優男は頭を抱えた。
いや、理由はもちろん、それだけではなかったが。
「あ、戦意喪失とかやめてくださいね。あなたからはもう少し、学べることがありそうですから。ご心配には及びません。全個体で一斉攻撃、などとつまらないことはいたしませんから」
そう言った個体がアイスピックを構える。やはり、指の間に挟んで、爪のように。
*
とある事情により、彼の左胸は急所たりえない。が、しかし、人体を貫かれたことは事実だ。いまさらになって、優男は嫌な汗を流し始めた。
「ちなみに、ここへは何体でいらっしゃったんですか?」
優男は問う。現状、見えているのは四体。これらすべてがさきほどと同じ戦闘能力を有しているとしても、ぎりぎりなんとかなるかもしれない。そう、勘定する。
「何体、って言い方は失礼ですねえ。んん……とりあえずはあと八人。のはずですけれど。別ルートの私たちが死んでいなければ」
と、いうことは、分裂してしまえば知識や感覚は共有していない。と、優男は冷静に分析する。八人というのは多いが、見たところ、この場にはとりあえず四人だ。それに現状では一斉攻撃をする気はないらしい。ならば、なんとかここの全戦力をもってすれば、なんとかならないこともないだろう。
そう、判断する。苦しい戦いにはなるだろうが、白旗を上げるほどではない。
「まあ、減っているかは解らないですけれど、増えているかも解らないですねえ。……こんなふうに!」
刺客の一人は言うと、その手に握られたアイスピックで、横薙ぎ一閃、別の刺客を腹部で真っ二つに切り裂いた。
驚愕する優男。しかし、すぐに思い至る。刺客の言葉をも思い返し、戦慄する。
切り裂かれた上半身からは下半身が即座に生え、逆に、下半身からは上半身が生える。ものの数十秒で、その一個体は二つの個体へと再生された。
「「これで合計十人。この場だけでも五人ですけど――」」
これくらいなら、イケますよね? 刺客は五人全員でもってにやりと笑い、しかめた顔の優男を見た。
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その、不確定な人数が、優男の心を深く抉った。折られた――折られかけた、と言っても、過言ではない。
一人一人はさしたる強さもない。いや、十分に強い、が、おそらく優男一人でも、一対一で勝利できるほどの強さしかない。とはいえ、それも無傷で、とはいかないだろう。だからこそ、体の替えが利く、という事実は、精神的にくるものがあった。
その上、このような身体的特性があるのなら、おそらくその本体は――もはやどれが本体などとは区別されていないだろうが――それはきっと、彼らの本部に残っているはず。つまり、ここに攻め入ってきたすべての個体を倒し尽くせたとしても、それで終わりではないのだ。
「きっもちわりいんだよ! 消し炭だぜ!」
だが、そんな絶望的状況など理解し得ない馬鹿は、がむしゃらに炎を放った。まさしく火炎放射といった具合に、のべつまくなし、やたらめったらに刺客たちを狙う。
「おっと」「やれやれ」「当たりませんよ」「よく狙わないと」「まったく」
個性があるようでどれも同一な刺客が、それぞれ意味もない軽いセリフをほざきながら、四散する。
それこそ、まとまったところを狙うなら連携が必要だった。そう、優男は思う。せめて隙を突き、自分が油を撒き、一網打尽に焼却するなら可能性はあった。だが、これでその計画も実行不可能。あの馬鹿が、無意味に敵をばらけさしたから。
「ちい……!」
惜しかった。とでも言いたげに、悪人顔は舌打ちした。全然惜しくもない。優男は思う。
「おいおい、ゼノぉ」
悪人顔は相変わらずの馬鹿面で、つまるところがなにひとつ気負ってなどいなさそうに、やや優男を見下した。その、わずかに諦観を携えた表情を見て取り、鼻で笑う。
「まさか、こんな雑魚に屈する気じゃねえだろうな?」
そんな、状況もなにも解っちゃいない馬鹿の言葉に乗せられるのは癪だ。だが、優男の性格上、そういうまっすぐな貶しに、血流が乱れる。
*
気を取り直した。悪人顔の発破に乗せられたことは彼自身、無視することとした。とりあえず、どちらにしてもあがくしかないのだ。優男も死にたくはないのだし。
「そこまでです!」
そんな決意を根元から折る声。倉庫に隠れたはずの、淑女の、優男とは違う決意の叫びだ。
「あ、あーしが……というか、これが目的なんです、よね?」
おびえた声、態度。それは彼女の癖に近いもので、外見から観察するほどに彼女は弱い人間ではないのだが、それでも、当然、死地に飛び込むほどの屈強さは、まだない。
それでも、足りない勇気を、家族の顔を思い起こして奮い立たせ、声を張る。そして、刺客が求めてきたのであろう『異本』を掲げる。
「なんですか、それは?」
いや違う。正確には、彼らが求める『異本』を収めた『異本』。深緑色の装丁、『箱庭動物園』だ。
「こ、この中に、テス――『テスカトリポカの純潔』が収まって、います。処女受胎。聖書における神話、と同様。その……せ、性行為なしに、その子孫を繋いできた、奇跡のジャガー。その末裔の、細胞を持つ、一頭」
それを、彼女はいつだったか、少女から聞いていた。そしてそれは『極玉』と呼ばれる、神の遺伝子のひとつだと。いつか誰かが狙ってもおかしくない、突然変異の血族。
だが、そんなことなどどうでもいい。もはや、そのジャガーは自身にとっての『家族』そのものだ。だから、できうる限りに隠してきた。それでも、自分の大切な人たちを巻き込んでまで隠し通せるほど彼女は、人の心を失ってなどいない。
もちろん、だからといって大切な『家族』を生贄に捧げるつもりは毛頭ないが。
「この場を引いてください。あーしが、あーし一人が着いて行きます。みんなを無事に、見逃して、あーしがあなたたちの、組織のところまで行ったら、テスの細胞を少し分けてあげる。……それで、どうですか?」
悪人顔は、そんな彼女の言葉に声を上げた。それはだめだ。ルシアちゃんを一人行かせるなんて。とか。
優男は黙っている。悪人顔に乗せられたわけではあるが、やはり冷静になってみると分が悪い。だが、よく知りもしない掃除のボランティアとはいえ、組織の者を人身御供のように切り捨てるのは、自分の無能さを証明するようで気が乗らなかった。
だが、どちらにしても淑女は、そんな二人の言葉や感情など受け付けるつもりはない。悪人顔が淑女を慮るように、優男が少しは仲間意識を持っているように、淑女にも彼らに対してそれなりの好感情を持っているのだから。
「まあ、もちろんそれが私の目的ですが。……しかし、べつに殺して奪ってもいいわけですよ。私としては」
「それは、やめた方がいい、かな。……『箱庭動物園』は現状、あーしにしか扱えない。知らない? 『箱庭』シリーズは、受け継いでいくもの。正式に持ち主から使用権を受け継がないと、絶対に、誰にも扱えない」
テスを外に出せるのは、あーしだけ。そう、力強く言い放つ。正確には、『動物園』を受け継いだ老人や、その後、紳士にも受け継いでいる。だから、その二人は扱うことができたけれど、それは内密に。
「確かに、そういう情報は得ています。ですが、本当にその中に『テスカトリポカの純潔』が収まっているかは――」
未確認だ。言葉にはしない。その前に、淑女の覚悟が窺い知れたから。
仮に淑女の言葉が本当だとしても、それをこちらが信じるかは別問題だ。それを嘘だと判断すれば、やはり淑女を殺し、『箱庭動物園』を奪い、『テスカトリポカの純潔』を取り出そうと試行する、ということもあり得る。つまり、淑女はそれだけでは、自身の身が安全だと保障されないのだ。
そう、刺客は一考して、その覚悟を受け、決める。
「まあ、いいでしょう。ゼノさんは私の敵ではなかった。カイラギさんは逃げに徹している。……タギーさんもアリスさんもいない。この場ではもう、私は楽しめなさそうですから」
言うと、刺客たちはひとところに集まり、全員で淑女へ手を伸ばした。
「「「「「さあ、ともに行きましょうか。ええと――」」」」」
「ルシア。ルシア・カン・バラム」
「「「「「ルシアさん」」」」」
淑女は細心の注意を払って、そのうちのひとつの手を、取った。
*
淑女と五人の刺客が去った後、悪人顔が床を叩いた。
「くそうっ! くそ! くそがあぁっ!!」
くしくも優男ですら、同じ気持ちだった。いや、悪人顔が淑女の身を心配したのとは違い、ただ仲間とも呼べる者をみすみす連れて行かれたことに憤ったわけであるが、ともかく。
「やつあたりしないでくださいよ。耳障りだ」
「ゼノ! てめえ!」
しかし、それがやつあたりだと、馬鹿な悪人顔にも理解できたから、その声は意味もない叫びにとどまった。
そして――。
「「「「そうですよお。まだそんなに元気なら、私とやり合いましょうか」」」」
撤退したはずの刺客が、四人。新たに現れ、優男と悪人顔の目を引いたから。
「あなた……」
いや、どうして敵の言葉など真に受けた? そう、優男は後悔し、言葉を飲み込んだ。
その代り、溢れ出す、怒り。
足に力を込める。カエルの跳躍力。その力を、前方へ向け――。
「ふう……」
そして、その蛮勇に思い至り、息を吐いた。
その行動は、一定の成果を挙げただろう。敵はこちらの手の内をある程度把握しているが、それでも、その足の筋力を用いた攻撃はまだ、実際には見せていないのだから。
しかし、それよりもいまは、効果的に確実な方法が目端に捉えられたのだから。
「おっせえんですよ。ハゲさん」
その言葉に、刺客たちは振り向こうと――
「ハゲじゃない! スキンヘーッド!!」
した瞬間に、潰れた。気泡緩衝剤のようにあっけなく、いとも容易く。
「すみません。この場所が割れているとは、……私の失態です」
刺客を潰すのに使った手を、その付着した血液や脂を気にもせず――というよりそのようなもの、付いてなどおらず、普段通りに僧侶は、ハゲた頭を抱えた。
「それより――」
「ルシアちゃんが! 主教! ルシアちゃんがやべーんだよ!」
優男の言葉を先取り、悪人顔がわけの解らないことを言った。それではなにも伝わらない。
「かくかくしかじかです」
だから優男が改めて説明する。が、それでも僧侶は落ち着いたまま(頭は抱えたままだが)言い放った。
「ああ、そちらはたぶん、なんとかなるでしょう」
彼がいますし、それに、彼女も向かいましたから。
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