たぬき

くまの広珠

文字の大きさ
上 下
3 / 14

しおりを挟む

「こんにちは。きょうもエライ暑かったでな~」

 玄関の引き戸の鍵を開けていると、となりの家からおばあさんが出てきた。

「こんにちは」

 すっかり棒だけになったアイスを口からはなして、ぼくはぺっこりと頭をさげる。

 南出みなみでのおばあさんには、引っ越してきてから、お世話になりっぱなしだ。
 お母さんに、集落のごみ置き場の清掃方法を教えてくれたり、お父さんに、集会の日にちを教えてくれたり。
 ぼくにも会うたびに話しかけられて、前の学校での生活なんかをきかれる。

じゅん君、きょうもひとりでお留守番かぁ? お母さん、パートはじめたんやてなぁ。たしか、東浜ひがしはまの市場に行くて、ゆうとったなぁ」

 南出さんは、明るい辛子色のシャツがよく似合う。
 高校生のお孫さんがいるらしいのに、石段をぼくよりも早くのぼれるのは、生まれも育ちも咲崎の人間の強さだろう。

「はい」

「お父さんは漁かぁ?」

「はい。きょうから船に乗るって言ってました」

「そうかぁ、そらエライわぁ。あの年で海の男なんてなぁ。そやさけ、純君は夏休みにひとりで、さみしやろ? 海行ってき~。ここいらの子らは、山向こうの砂浜んとこによくいるで。入れてもらい~」

 ニコニコと笑う、しわにかこまれた丸い目。

「はぁ。まぁ……また……」

 後ろ頭に手を置いて、愛想笑いを返していると、『七つの子』のメロディーがきこえてきた。
 市が流している六時の防災行政無線だ。

 アオーン!

 別の音がした。
しおりを挟む

処理中です...