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13 空をわたる

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 餓鬼阿弥が股を開いて立ち、右腕を天にまっすぐのばして、木の杖をつきあげている。

 杖の先には、灰色の影があった。

 狼が、腹を串刺しにされている。


 一瞬だった。


 体の力を失い、重い荷物になったように、狼が地上に落ちてくる。

 棒が横に倒れる。

 狼が、餓鬼阿弥の上におおいかぶっていく。

 つぶされて、餓鬼阿弥のミイラのような体が、狼の毛の下に消える。


「た、宝く……っ!」


「っ来るな……っ 」


 狼の下から、のどを引き裂くような声があがった。


 早矢をふりきって、かけ寄ろうとした足が、金縛りにあったように、動かなくなる。


 ぐるるるるる……っ! 


 赤い舌をだらんとたらし。ふうふうと、息をはいて。狼が首をもたげはじめた。大きく裂けた口の中から、黒い血がぶくぶくとわきあがってくる。

 狼の牙が、にぶく光った。ぼとぼとと血をしたたらせながら、牙が餓鬼阿弥ののど元に近づく。


「た、宝君、逃げて――っ!! 」


 餓鬼阿弥は、杖を狼の腹から引き抜いた。にぎりしめ、狼のあごを横にはらう。


 ガッ!


 狼がひるむ。

 だけど、すぐにまた、狼は元の体勢にもどった。馬乗りにされ、両腕を前足でふまれて、餓鬼阿弥は動けない。



 ぐるるるるるっ! ギャギャギャギャっ!! 



 狼が餓鬼阿弥ののど元に食らいつく。


「や、やだっ! 宝君っ…… 」


「バカ、行くなって」


 わたしの右手首をつかむ早矢の手のひらが、汗でべったりと冷たい。



 餓鬼阿弥の首から力が抜けた。

 狼が、ゆらっと、身を起こした。


 のそ……。


 灰色の小山のような塊が、足をもつれさせながら、餓鬼阿弥の胸からはなれていく。


 ふたつの眼が、赤々と燃えている。


 荒々しく息を吐き出す、耳まで裂けた大きな口。


 狼が正面を切って、わたしを見すえる。



 ずくん。


 心臓が痛い。


 ずくん。


 心臓から血が流れだして、体の外へこぼれていく。





 ワォォォォーンっ!! 


 狼が、空に鼻面をつきあげた。



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