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12 はるかなる熊野古道

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「――そやけど、あんたはもう少し抵抗する、思っとったわ」


 あたたかな眠りの外側から、おじいちゃんの声がした。

 横の運転席から、だれかに向かって話しかけているようだ。


「湯の峰のつぼ湯に行けば、元の姿にもどれるかもしれんことは、あんたは香蘭よりも先に気づいとったはずや。それでも、もどらんちゅうことは、もどりたくないってことだと思っとった」


「……知って、た。つぼ湯がよみがぇりの湯だって……。図書室で……ぉぐりはんがん、借りてたから……」


 後部座席から声がする。

 息つぎの合間にもれる、かすれた声。

 餓鬼阿弥になった、宝君の声。


 わたし、寝てたんだ……。


 暖房のあたたかさと車のゆれで、いつの間にか眠ってしまったようだ。

 うす目を開けて、フロントガラスを見ると、真っ暗闇にのびる道路が続いていた。車はまだ、湯の峰温泉をめざして走っている。


「湯の峰、に、行く気は……なかった……。ぇんまさまにこの姿にかぇてもらって……やっと、香蘭ちゃんを……まも、守れると、思っ、たから」


 ピクと肩が震えてしまう。


 やっぱり……宝君、元にもどる気がなかった……。


「じゃあどうして、だまって香蘭についてきたんだよ? 土車がなくなったからか? 体が消えるって実感したら、もう、元にもどるっきゃねぇもんな」


 宝君の横の席から、早矢の声もする。


 わたしは目を閉じ直して、眠ったふりを決め込んだ。

 わたしが起きたら、きっと、宝君は話すのをやめてしまう。


 対向車線を走るトラックの走行音が、車の中にまできこえてくる。巨大な車体が横を通りすぎると、音が後ろに小さくなっていく。

 やがて、きこえてくるのは四駆の低いエンジン音だけになった。もしかしたらこの車は今、たった一台きりで、黄泉の国へと続くレールの上を走っているのかもしれない。


「は、早矢……。ぉぉかみに、か、かこまれたとき……言っ、たよね……。こんな姿になって、本気で、このほぅが香蘭ちゃんを助けられるって、ぉもってるのかって……。

たしか……に、助けるより、助けてもらうことのほぅが、ずっと多ぃ。早矢のぃうとぉりだと思ぅょ……」


「ふ~ん。じゃあ、人間にもどったほうがマシだって、判断したってわけか?」


「ぅぅん。早矢のぃうとぉりなんだけど、少しちがぅ。……気づぃたんだ。見た目や、表面的な、出来る、出来なぃがすべてじゃない。

大事なのは、どぅしたら救いたい人を、本当の意味で救えるか。それを最優先にしたら、姿とか、体がぅまく動かないこととか、表面的なことは、そんなに重要なことじゃなくなったんだ……」


「……わかんねぇよ」


 早矢がぶっきらぼうにつぶやいた。


「表面的なことは重要じゃないって、そりゃ、そうなのかもしれねぇけど。けど、それって、そんなバケモノにされてまで、言えるセリフか? おまえ、世の中から自分の存在自体、消されてんだぞ! それでも、重要じゃないって言えんのかよっ!? 」


「……早矢。おまえがどなって、どないする?」


 おじいちゃんの声がたしなめる。


「だって……こいつ、信じらんねぇんだもん。ふつう、ここまでするか? いくら香蘭が大事だからってさ……。自分、ぜんぶ後回しって、なんだよ? なんか、こいつ見てると、オレがちっせぇ人間すぎて思えて、イヤになんだよ」


 わたしはうす目を開けて、バックミラーを見た。

 早矢は、両手をカーゴパンツのポケットにつっこんで、うつむいている。


 わたしも、だよ……早矢。


 小さい人間。

 体をはってくれた宝君のことを考えると、「うれしい」と思うより、善意を重たく感じてしまう。


 わたしなんて……それだけのことをしてもらえるほど、価値のある人間じゃないのに……。



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