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12 はるかなる熊野古道

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 キン、キン、キン、キンっ!


 金属音が鳴りひびいた。

 暗い山々にこだまして、一瞬にして山全体が、カラオケボックスになってしまったような騒ぎになる。


「な、なに、この音っ!? 」


 キン、キン、キン、キンっ!! 


 音が、山をかけあがってくる。


「今度はなんのバケモノだって、言うんだよっ!? 」


 早矢が泣き声でさけぶ。


 キン、キン、キン、キン、キン、キンっ!! 


 幹と幹の間から、音の主がとびだしてきた。


「みんな、無事かぁっ!? 」


 とたん、周囲から、狼の赤い眼がいっせいに消えた。

 張りつめていた空気が、フッとゆるまり、森は暗い闇のほかには、何もなくなる。



 金音がとまると、懐中電灯のあかりが、こちらに向けられた。


「お、おじいちゃんっ!」


 あかりの中に、袴姿で、ハイカットの登山靴をはいた、スキンヘッドのおじいちゃんが立っていた。


「おじいちゃん、今の音、なにっ? なんで狼が消えたのっ!? 」


 頭が真っ白で、何がなんだか、わからない。

 だけどおじいちゃんは、「ああ、これな」とにっこりした。


 左手にぶらさげていたのは、トライアングルだ。

 幼児にも鳴らせる、金属の棒を三角形に曲げた、打楽器。


「昔から狼は、金音があかんゆうでな。胸騒ぎがしたから、鳴らしてきたんやわ」


「へ……?」


 横で、早矢が、ぽかんと口を開けている。


「き、金属鳴らしただけで、狼って追いはらえるの……?」


「現に、狼の亡霊たちが逃げ出したやろ」


 ……亡霊……。


 熊野の狼の霊たちが、わたしの背中の狼の霊を呼び寄せた……。


 なんのために……?



 体の力がぬけると、全身が震えだした。

 足も腰もガクガクゆれて、立ちあがれない。


「こ、こ、怖かった~……」


 倒れている餓鬼阿弥の頭を引き寄せて、胸にぎゅっと抱いてしまう。


「か……らんちゃん……」


「――じいちゃんは、オレたちのいる場所が、どうしてわかったんだ?」


 早矢も、顔から表情がぬけ落ちたままで、ぼうっとつっ立っている。


「おまえのGPSや。ケータイについとるやろ。おまえら勝手に家を出るさけ、沙耶さんがあせって、じいちゃんに電話を貸してくれたんや」


「……え? あ、そっか。それで……」


 早矢がぼんやり、自分のカーゴパンツのポケットをさぐる。キッズケータイは早矢の手につかまれることなく、ぼとりと地面に落ちた。


「あ……。あれ? 落ちた」


 早矢はのろのろと、土の上をさぐっている。


「ここは、三日森山や。狼乢おおかみだわ山の入り口に、早矢のリュックがほってあったで、たどって来た。おまえら、こないなとこ、夜に、子どもらだけで入り込むとこちゃうで。このままわしが来んかったら、どないするつもりやったんやっ!? 」


 おじいちゃんのどなり声が、わたしたちをあたたかく包みこむ。


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