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10 無謀な旅立ち

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 顔をあげると、もういくつか星が出ていた。

 しめった風がときおり葉をゆらしている。


 寒い。


 やっぱり、上着を持ってくればよかった。

 古びた民家のならぶ城下町に、夜の帳がおりてくる。

 ママの目をぬすんで、自分の部屋からおサイフだけ持って、また家をとびだしてきた。


 背中で餓鬼阿弥は、ぐったりと目を閉じている。

 息をするのもわすれてしまったのではないかと怖くなって、時々、心臓の音が、ちゃんと背中から伝わってくるかを、確認する。


 通学路を通って、学校のそばまで行き、それから橋を越えて、駅へ行く。

 まだ、本宮行きのバスは出ているはずだ。乗れば、二時間で湯の峰に着く。



 学校前の細い坂を、小学生の集団がおりてきた。

 バスケットボールを手にした男子が、ゲラゲラ笑いながら、となりの男子の肩をたたいている。

 照らされた街灯の中で、明るくあたたかそうに見える。


 ……早矢……。


 目が合ったとたん、早矢の大きく横に開いた口から、吸い込まれるように、笑みが消えた。

 キツネのようにつりあがった目が、見開かれる。


 早矢のまわりの男子たちも足をとめた。


「おー、ズル姫じゃん!」

「あれれ~? 泣いてんの?」

「もしかして、ズルがバレて、ママに怒られちゃったっ 」


 ゲラゲラ笑う武の頭に、早矢はボンっと、バスケットボールを乗せた。


「イテっ! なにすんだよ、早矢!」


 武の頭から落ちたボールが、ポンポンと道にバウンドする。


「来い」


 とつぜん、肩を押されて、向きをかえさせられていた。

 早矢が、わたしをUターンさせて道の角に押していく。


「え~? なんだよ、早矢~っ!? 」

「まさか、おまえ、ズル姫と、デキてんの~?」


 後ろでクラスの男子たちが騒いでいる。


「……早矢、いいの……?」


「言わせとけっ! つ~か、宝をこっち貸せ」


 わき道にそれると、早矢はわたしの背から餓鬼阿弥をおろして、自分の背中に背負い直した。


「……わ。なんだ、こいつ。実体ねぇはずなのに、マジで重いじゃん。で。なにがあったんだよ、おまえら?」


 わたしのほかに、宝君を見える人がいてよかった。

 事情を知っていてくれる人の存在が、こんなに尊いとは思わなかった。


「ま、ママが……ママが、宝君の土車を捨てちゃって……」


 口を開けると、ぽろりと涙がこぼれた。

 涙があふれて、前が見えない。気づいたら、小さい子どものように、ワアワアと泣いていた。


 早矢の右手が、わたしの左肩に置かれた。

 宝君のように分厚くない。平たくて、筋張った早矢の手のひら。




「……もう、泣くなよ」


 餓鬼阿弥をせおって、早矢は、もぞもぞとつぶやいた。




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