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9 宝君のたどった道
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しおりを挟む「――おい、おまえら、オレは行くぞ」
ハッとして顔をあげると、早矢がしかめっ面で、腕を組んでこちらを見おろしていた。
「勝手にイチャイチャしてろよ。ズル姫と根暗メガネでお似合いじゃねぇか」
「は、早矢っ! ぉ、おまえ、また香蘭ちゃ、んのことを……ズル姫って!」
宝君の手がはなれる。
早矢にどなりつけている餓鬼阿弥に、メガネをかけた背の低い男子の姿が、重なって見えた。
そっか……。
どんな姿だって、宝君は、宝君なんだ……。
ギャアギャアと言いあいしているふたりの横で、わたしは縁側から立ちあがった。
外はもう、うす藍色に染まっている。
宝君の気持ち。
自分のことよりわたしを優先してくれる気持ち。
大事にもらっておこう。
だけど、わたしはやっぱり、宝君にずっとこのままでなんて、いてほしくない。
わたしのせいで、宝君に、宝君自身や、まわりの人たちとのつながりを、なくしてほしくない。
座敷にもどって、自分の旅行カバンの中から、一冊の本をさぐりだした。
『小栗判官』。
ペラペラと、最後のページをめくってみる。
挿し絵がのっていた。
餓鬼阿弥の姿から、元の姿にもどった小栗判官と抱きあう、照手姫の絵。
『――長い旅路をへて、熊野の湯の峰、その薬湯につかった小栗判官は、無事に元の姿にもどり、照手姫と結婚して、幸せに暮らしました』
「おじいちゃん、熊野の湯の峰にある、薬湯って、どこかわかる?」
わたしは、お風呂から出たあとで、おじいちゃんの部屋の障子を開けた。
奥座敷の手前にある六畳の和室で、たんすや本だなが壁をうめている。
今晩はおじいちゃんの家に泊まって、あしたの日曜の朝に、家に帰ることになっている。
居間からは、テレビの音と、宝君と早矢が話す声がもれてくる。
「あ~あ。こいつのモノマネ、ヘタだな~。もっと口つきだして、こうすんだよ」
「……早矢よりも、この芸人のほぅが、に、似てると思ぅけど……ね」
「あんだよ! じゃあ、宝、てめぇがやってみせろよっ!! 」
へんなの……。
餓鬼阿弥が、生身の有若宝君だったころ、早矢と宝君が教室でしゃべっているところなんて、見たことなかったのに。
「ああ。熊野の本宮大社より山イッコこっちにある、湯の峰温泉のことやな」
わたしの問いに、おじいちゃんは、文机の上の本を閉じて、かけていたメガネを頭の上にあげた。
「日本最古の温泉や。近くに薬師如来さまが祀られとって。熊野詣んときは、湯の峰で『湯垢離』ゆうて、温泉につかって、体の垢をとって、身を清めて。そっから、熊野の神様にお参りするのが礼儀やったんや。
川のはたに『つぼ湯』ゆう温泉があって。香蘭は知らんやろが、『小栗判官』て伝説の、よみがえりの湯って、言われとる」
「小栗判官のよみがえりの湯っ!? 」
大声をあげたわたしに、おじいちゃんは目を丸くした。
「……香蘭、『小栗判官』を知っとんのか?」
「おじいちゃん、ありがとうっ!」
ハイテンションのわたしと打ってかわって、おじいちゃんの眉がけわしくなっていく。
「……香蘭もきいたとは思うが。有若宝君は、今は、元の姿にもどりたいと思ってないで」
「――わかってる」
一瞬でバレてしまった。わたしが、湯の峰温泉のことを知りたがった理由。
うん。おじいちゃん、わかってる。
おじいちゃんにはたよらない。
宝君をだますことになっても、しかたない。
わたしは、宝君をつぼ湯につれて行く。
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