上 下
56 / 97
9 宝君のたどった道

2

しおりを挟む

   ●


 さっき。

 おじいちゃんが、「あんたの話もきかせてもらんとな」と、言ったあと。

 餓鬼阿弥は、たどたどしい口調で、いっしょうけんめいに語ってくれた。


 運動会の日。大橋の上で。わたしと宝君しか知らないはずの、あの出来事のその先を。


 とつぜん雲がしゃべって、竜巻にとばされて。

 それから。

 宝君は、深くて暗い場所にいた。


 洞窟の中のようだったと、言っていた。

 まわりには黒い岩がごつごつつきだしていて。その岩の奥で、炎のようなあかりが、チラついていた。

 たまに、人か獣かもわからない「ギャー」という奇声があがって、すごく怖かったって。


 自分の目の前にいる大きな人間が、「閻魔様」だと思ったのは、直感らしい。

 奈良の大仏なみの巨人だった。腕も足も胴も、人の何十倍もあった。

 あまりに大きかったのと、まわりがうすぐらく、松明の光が上までとどかなかったのとで、宝君には、閻魔様の胸までしか見えなかった。

 金縁のついた豪華な着物を着ていたこと。巨大な文机の前に座っていて、つくえには習字の半紙に似た紙が置かれていたこと。毛深い巨大な腕が、筆を持っていたこと。そばに、装飾をほどこした丸い鏡が置いてあったこと。

 閻魔様について思い出せることは、そのくらいらしい。

 真っ暗な天井から、地割れのような声がふってきた。

 大橋の上できいた声と、同じ声だった。


――閻魔様は、ぼくは死んだわけじゃないって言った。ぼくの香蘭ちゃんを想う気持ちが、閻魔様の耳にまできこえてきて、「それならちょっと、ためしてやろうか」って気になったそうなんだ――


 宝君は、ダリを祓う力がほしいと、お願いした。

 すると、閻魔様は答えた。


――叶えてやってもよいが、代償はある。「ダリ」は熊野の神に詣でたくても、詣でられなかった人々の無念の魂。叶わなかった願いを抱えて、今日(こんにち)まで現世にとどまっておる。

そのような魂を、凡人のおまえが、何の修行もなしに祓えるなどと、決して思うな。どうしても祓いたくば、己の欲や存在を、現世から捨てさり、万物と同じ、大自然の一部となれ。

そうしたときのみ、神に順ずる力を得ることが、可能になろう。どうする? それでも、叶えるか?――


 意味はまったくわからなかったけど、宝君はうなずいてしまった。


 餓鬼阿弥の姿になってみて、やっとわかった。

 骨と皮だけのミイラの姿は、顔を見てもその人とわかることのない、「自分」という存在を捨てること。

 手も、足も、口も、満足に動かせないっていうことは、「あれをしたい」「これをしたい」という自分の欲求を、満たせないこと。


 宝君は、この世から、宝君が生きてきた記憶をすべて消された。


 そうして、餓鬼阿弥となって、この世にもどされた――。


   ●

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

もさっとおじさんとモフモフ犬

居間一葉
児童書・童話
小さな滝のある山の奥の、ちょっとひらけた谷の中に、とある小さな町があります。 この町の人はみんな、とっても幸せです。 …ただ、ここに一人だけ、ちょっと幸せじゃない人がいました。 困りごとを抱えているのです。 ーーーーー まるでダメなおじさんと、最高にプリティでキュートでファンシーなモフモフ犬、そして町のみんなを幸せにしようと奮闘する、町長さんのお話です。 犬好きの方はぜひ! 3月11日から毎日18時更新します。

探偵ごっこじゃありません!~未来の花嫁は、今日も謎解き修行中~

雪華
児童書・童話
小学四年生の桜子は、容姿端麗、頭脳明晰。だけど好奇心旺盛過ぎる所が玉に瑕。 そんな彼女には、生まれる前から決められていた許嫁がいた。 許嫁の家は探偵事務所で、桜子は「花嫁修業」と称して毎日のように事務所に入り浸っている。 そんなある日、許嫁と同じ学校に通う男子高校生が、探偵事務所を訪れた。 彼は芸能人なのだが、どうやらドラマの撮影中、密室状態だった楽屋から大切なものが消えたらしい。 自分にあまり興味を持ってくれない許嫁を振り向かせるため、桜子は意気揚々と勝手に依頼を引き受けてしまう。 ***** きずな児童書大賞にエントリー中☆ のんびり不定期更新の予定です。気長にお付き合い頂けたら幸いです。

YouTuber犬『みたらし』の日常

雪月風花
児童書・童話
オレの名前は『みたらし』。 二歳の柴犬だ。 飼い主のパパさんは、YouTubeで一発当てることを夢見て、先月仕事を辞めた。 まぁいい。 オレには関係ない。 エサさえ貰えればそれでいい。 これは、そんなオレの話だ。 本作は、他小説投稿サイト『小説家になろう』『カクヨム』さんでも投稿している、いわゆる多重投稿作品となっております。 無断転載作品ではありませんので、ご注意ください。

GREATEST BOONS+

丹斗大巴
児童書・童話
 幼なじみの2人がグレイテストブーンズ(偉大なる恩恵)を生み出しつつ、異世界の7つの秘密を解き明かしながらほのぼの旅をする物語。  異世界に飛ばされて、小学生の年齢まで退行してしまった幼なじみの銀河と美怜。とつじょ不思議な力に目覚め、Greatest Boons(グレイテストブーンズ:偉大なる恩恵)をもたらす新しい生き物たちBoons(ブーンズ)を生みだし、規格外のインベントリ&ものづくりスキルを使いこなす! ユニークスキルのおかげでサバイバルもトラブルもなんのその! クリエイト系の2人が旅する、ほのぼの異世界珍道中。  便利な「しおり」機能、「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届いて便利です!

夢✕恋グラフィティ

星乃びこ
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞エントリー作品】 中学1年生の御井悠花(ゆうか)は、学年トップの優等生。 小学生の頃から親に言われるまま塾、家庭教師と勉強漬けの毎日を送っていた。 「将来は良い大学に行ってお医者さんになるのよ」毎日のように、母親から言われてきたそのセリフ。悠花にとってはそれが普通。当たり前の日常だった。 しかし、そんな時。 「俺達と一緒に楽しいことしない?」 同じクラスの真田唯月(いつき)が関わり始めたことで彼女の日常は大きく変わり始めるー。

訳あり新聞部の部長が"陽"気すぎる

純鈍
児童書・童話
中学1年生の小森詩歩は夜の小学校(プール)で失踪した弟を探していた。弟の友人は彼が怪異に連れ去られたと言っているのだが、両親は信じてくれない。そのため自分で探すことにするのだが、頼れるのは変わった新聞部の部長、甲斐枝 宗だけだった。彼はいつも大きな顔の何かを憑れていて……。訳あり新聞部の残念なイケメン部長が笑えるくらい陽気すぎて怪異が散る。

イービル・ゲート~退魔師・涼風夜空~

はじめアキラ
児童書・童話
「七不思議に関わるのはやめておけ」  小学六年生の、加賀花火のクラスに転校してきた生意気な美少年、涼風夜空。  彼は自らを退魔師と名乗り、花火に騎士になってくれと頼んできた――この学校にある、異世界へ続く門を封じるために。  いなくなったクラスメートの少女。  学校に潜む異世界からの侵入者。  花火と夜空、二人の少女と少年が学校の怪異へ挑む。

【完結】カラ梅雨、美津希! ―蛙化女子高生の日常―

ginrin3go/〆野々青魚
児童書・童話
完結しました! 川原美津希(かわはらみづき)は高校一年生。 彼女は憧れの先輩にひとめぼれしてしまい、カナヅチにもかかわらず水泳部へと入部してしまう。 いくら頑張ってもまともに泳ぐことすらできない美津希。 記録会を前にした練習で溺れてしまうという失態を演じ、とうとう退部を決意する。 その日の夜、彼女の身にとんでもないことが起こる。 SF(すこしふしぎ)系のぬるいお話。全11話 約2万2000字の短編です。 ※本作は奨励賞を頂戴した長編のプロトタイプ的な作品で、作中、似たシチュエーションがあります。 今回はあえてその部分は変更せず、そのまま公開いたします。

処理中です...