がきあみ ―閻魔大王がわたしたちに運命のいたずらをした―

くまの広珠

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8 背後の獣

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 事態が飲み込めないわたしと早矢をせかして、おじいちゃんは家につれていった。


 おじいちゃんの家は、熊野古道に面して建つ、瓦屋根の一軒家だ。

 長い縁側も、その前に植わっている庭の松の木も、さっき思いだしたばかりの、小二の記憶から、かわっていない。


 このあたりは、今は何もない集落だけど、昔は、たくさんの宿が軒をつらねる宿場町だったと、おじいちゃんは言っていた。

 熊野古道を歩いてきた人たちは、山脈を見おろすこの集落でいったん休み、また、けわしい山道へとわけ入っていったそうだ。


 パパと多岐さんはもう着いていて、女出のない家のために、夕飯の出前をとったり、お客さま用のふとんを干したりしている。




「さて、香蘭。今ので、少しは思い出したんか?」


 おじいちゃんは、十畳の奥座敷にわたしと早矢を座らせると、餓鬼阿弥の土車の車輪を、ぞうきんでキレイにふいて、わたしの右横にとめた。


「……あ。えっと。少しは……。昔はここによく遊びに来てて。二年の夏休みに、早矢と、あの神社に入って。それで……早矢が、神社の錠前を開けたことは……」


 左どなりに座った早矢の右腕が、ピクッとけいれんする。


「そのあとのことは?」


 縁側に続く障子をぜんぶ閉めきって、おじいちゃんが、わたしたちのところにやってくる。床の間の前で、袴のすそをはらって、正座する。


「そのあとは……」


 神社の中から、灰色の大きな狼がとびだしてきた。わたしの上に、おおいかぶさって。


 気づいたらわたしは、この座敷に寝かされていた。


 それまでにあったことは、きれいさっぱりわすれていた。



「……早矢。おまえは、わすれておらんかったやろ。なんで、香蘭に何も教えてやらんかった?」


「それは……だって、ズル姫にはなんも、害がなかったみてぇだったし。怖いこと、わざわざ思い出させるのもなんだろ? わすれてんなら、とくに話す必要もねぇじゃんか」


 ぽりぽりと頭をかく早矢に、するどい視線が向けられた。


「……害が……な、かった……? ズル姫……に、なったの、に……害がなかった……って、ぃぇるのか……?」


 餓鬼阿弥が怒っている。あるかないかわからない目から、炎のような視線を感じる。早矢をにらみつけている。


「ひぃっ!」


 早矢の肩がとびはねる。


 ……ズル姫になったのに……?


「あ……そっか」


 ストンと、何かが胸に落ちた。


「わたし、あのときから、ダリが見えるようになったんだ。それで、ダリにとり憑かれて、急にぐあいが悪くなったり、急に治ったりするようになった……。そのせいで、早矢がわたしのことを『ズル姫』って呼びだして……」


「そ、そんなのオレは知らねぇし! おまえが、ダリだかなんだか、よくわかんねぇものが見えるなんて、きいてねぇし! フツウに、ズルしてぐあいの悪いフリしてるんだって、思うじゃねぇかっ!! 」


「ふ~ん。……サィァクだね……」


 餓鬼阿弥の炎のようなオーラが、わたしを通り越して、左どなりの早矢に向けられている。


「香蘭ちゃ……んは……ぉまぇのせ……ぃで……ダリにとり憑かれるよぅに、なった……。そ、れなのに、おまぇは……香蘭ちゃん……に、そのことを……ぉしぇなかっ……た。そ、それだけじゃな、ぃ……。ぉかしなぁだなをつ、けて……クラスに広めて……香蘭ちゃ……んをさげすんだ……」


 こんなに怒った餓鬼阿弥、はじめて見た。

 そもそも見かけが怖いから、怒らせたら直視できるようなものじゃない。


「ひいいい……っ!」


 早矢はあごをはずれそうなほど震わせて、壊れた蛇口みたいに、だらだらと涙をこぼしている。


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