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8 背後の獣

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 あぜ道をかけおりる。

 おどろいたバッタが、ぴょんぴょんとんで、草むらに逃げていく。


 棚田の広がる山の斜面に、もりがあった。

 入り口に、木でできた鳥居が立っている。人ひとりくぐれる程度の小さな鳥居だ。

 奥をのぞくと、お神輿ほどの大きさのお社が祀られていた。


 やっぱりここ、来たことがある……。


 屋根瓦にツタがからまり、軒下にまでたれさがっている。

 井の字に組まれた木戸は、苔むしていて、銀色の錠前をささえるのも重たそうだ。


 そうだ。


 小学二年生の夏休み。わたしは早矢と、おじいちゃんの家のまわりを探検していて。

 この神社を見つけた。


――オレ、針金でこの鍵開けられるぜ。こないだ、名探偵のアニメで覚えたんだ。今、開けて見せてやろうか?――



「……ズル姫?」


 ハッとして、足をとめた。

 うっそうとした木々で、境内が大きな陰になっていたため、今まで気づかなかった。


 お社のそばに、早矢が立っている。

 今の早矢は記憶の中の子どもとはちがっていて、腕は長くて足も長い。身長だって、わたしより、頭ひとつぶん高い。


「おまえ、なんで来た……?」


 早矢が後ずさる。目を見開き、ひたいが青白い。


「……え? えっと、早矢が見えたから……」


「お、おまえ、オレに復讐しに来たのかっ!? 」


 わたしはまばたきをした。


「……復讐?」


「とぼけんなよ! 昔、オレがここの鍵を開けたから。だからおまえ、ヘンになったんだろっ  そんで、ムカついて。オレのことを責めに来たんだろっ!? 」


「鍵……? やっぱり、早矢、昔、ここの鍵開けたんだ。それから、どうしたんだっけ? たしか……なにか……お社の中から、灰色のモノがとびだしてきて……」


 頭の中の霧が、少しうすくなる。



 あのとき、わたし怖かった……。


 灰色の大きな獣に襲われて……もう、こんな記憶、まるごとわすれたいって念じるほど、怖かった……。


 ……獣……?



「……か、香蘭?」


 めずらしく名前で呼ばれた。

 顔をあげると、早矢が眉をひそめて、キツネみたいな目で、わたしの顔をのぞきこんでいた。


「……だいじょうぶか……? おまえ、冷や汗かいてんぞ? ホントにあのこと、わすれてんのか……?」


 早矢の足元に気づいて、血の気が引いた。

 右足首に、黒い煙がヘビのように取り巻いている。煙の中に白い細い腕が見える。早矢の足にしがみついている。


「は、早矢、だ、ダリ……っ!! 」


「……え? だり……?」


 当の早矢は目をパチパチさせて、わたしを見ている。



 ガッと背中が熱くなった。

 火を当てられたように熱い。


 オオオオオオオ……。


 背中で何かがうなっている……。

 ビリビリと地鳴りがする。


 出るっ!


 何かが、背中からわたしの頭をとび越えた。まっすぐに早矢に向かっていく。




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