がきあみ ―閻魔大王がわたしたちに運命のいたずらをした―

７ 失われた記憶

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　餓鬼阿弥の姿になった小栗判官に、閻魔大王は言った。


「もとの姿にもどりたくば、熊野の湯の峰、その薬湯へ行け。薬湯につかれば、たちまち、現世の姿によみがえろう」


　しかし、餓鬼阿弥がもどされた地は、神奈川の藤沢だった。

　熊野は関西。紀伊半島の山奥。

　ときは六百年も昔。

　交通手段は徒歩か馬のみ。

　しかし餓鬼阿弥は、自分の力で歩くことさえできない。

　出会った僧に助けられ、餓鬼阿弥は土車に乗せられ、首に札をぶらさげた。


「この者をひと引き引いたは千僧供養、ふた引き引いたは万僧供養」札にはそう書かれた。


　通りすがりの人たちは、札を読み、通行がてらに、土車をひと引きした。その先では別の者が、また通行がてらに、ふた引きした。

　数歩引いては人がかわり。さらに別の人が引いて、またかわり。

　餓鬼阿弥の乗る土車は、人の手から手にわたされて、一歩、一歩、熊野をめざした。



　一方。

　小栗判官とともに殺されかけ、命からがら助かった照手姫は、岐阜、美濃みのの国で、つらい水仕事をさせられていた。

　餓鬼阿弥の土車が人に引かれて照手姫の前を通ったとき、照手姫は餓鬼阿弥が小栗判官だとは気づかなかった。

　しかし、なぜだか餓鬼阿弥に惹かれて。

　照手姫も人々とともに土車を引いた。

　ひと引き、ふた引き、三引き、四引き。


　照手姫だけは、土車を引くのをやめなかった。

　水仕事をほうりだし、小栗判官とは気づかぬまま、餓鬼阿弥とともに。


　照手姫は、熊野古道を通り、熊野の湯の峰をめざした――。




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