がきあみ ―閻魔大王がわたしたちに運命のいたずらをした―

くまの広珠

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6 開眼・早矢

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「……餓鬼阿弥がきあみ……」


 わたしは、開いた本のページから顔をあげた。

 ごつごつとした、むずかしい四つの漢字のならびが、本のページに連なっている。

 まるで、ヤンキーの書く当て字のよう。



 夕飯のあと。

 わたしは、自分の部屋のつくえに向かって、図書室で借りた『小栗判官おぐりはんがん』を読んでいた。

「餓鬼阿弥」と言うのは、主人公の小栗判官が、一度死んで、この世にもどされたときの姿のことだ。


 なかなか、ダークな内容だった。


『小栗判官』とは、古く中世からの伝承だという。

 それをこの本は、わたしたちのような小学生でも読めるように、やさしく書き直してくれている。



 今から六百年も昔。

 主人公の小栗判官は、鞍馬くらまの毘沙門の申し子と言われるほどの美男子。

 だけど、深泥池みぞろがいけの大蛇が化けた女性に恋してしまった罪で、京都から、遠く茨城、常陸ひたちの国へ、引っ越しさせられてしまう。

 そこで、小栗判官は、今の神奈川、相模さがみの国の照手てるて姫と知りあった。


 ふたりは出会ってすぐに、恋に落ちた。

 だけど、小栗判官は、照手姫の親にきらわれていた。

 わなにかかって殺された小栗判官は、地獄に落ちて、閻魔大王に会う。

 そのまま死ぬところだったのだが、いっしょに死んだ家来たちに助けられ、小栗判官だけは、この世にもどることを許される。


 しかし、もどったときの姿といえば……。


 目が見えず、耳もきこえず、ものを言うこともできず。


 姿は、飢えている亡者「餓鬼」にそっくりの「餓鬼阿弥」。



「……餓鬼阿弥……」


 わたしは、チラッと、部屋のクローゼットをふり返った。

 クローゼットのドアは半分開いていて、そこから土車に乗ったミイラのオバケが見える。

 部屋で読書をするわたしを、ミイラは音も立てずに見守っている。


 わたしは、本の挿し絵のついているページを開いて、ミイラの横にかざして見た。

 挿し絵に描かれている餓鬼阿弥の姿は、骨と皮だけの人間だ。目のあたりも真っ暗で、目があるのかないのかさえ、わからない。


「……そっくり……」



 バタンっ!

 とつぜん、わたしの部屋のドアが開いた。

 本を手にしたまま、ビクッと、肩がとびはねる。


「よう」


 入ってきた早矢は、そのまま自分の開けたドアに背中でもたれた。キツネのようにとがった目を、さらにとがらせている。


「えっ!?  な、なにっ!?  い、いつっ!?  いつ、うちに来たのっ!? 」


「さっきだよ。かあさんがおまえんちの親に用があるっていうから。ついてきただけ」


 有無を言わさず、早矢は、ずかずか部屋に踏み込んで、カーペットの上にドカッと腰をおろした。


 ……おかしい。


 だって、早矢が自分からわたしの部屋にあがってきたことなんて、今までになかった。

 わたしは早矢が苦手だけど、早矢だって、わたしのことがキライだ。

 わたしたちが、いとこ同士だということは、同じ「横山」という苗字のためにバレてしまうけど、早矢は、学校でそれを話題にされることさえ、避けている。

「ズル姫」のいとこだという事実は、早矢にとって、不名誉なのだろう。


 おどおどしているわたしを見すえて、早矢はせせら笑った。


「おまえさ~。最近、奇行が多いんだって? おまえのかあちゃん、下でうちの親にグチってんぞ」

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