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ナイショの妖精さん 5
序
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イヤな夢を見た。
とうさんが「葉児、逃げろ!」って、さけんでいる夢。
けど、夢の中のオレは、まだ、たったの四歳で。
短い足がすくんで、どっちに逃げていいのかもわからなかった。
自分の部屋を出て、一階におりると、自宅カフェ「つむじ風」の電気は消えていた。
深夜二時すぎ。夜更かしが日課のかあさんでも、さすがに今は、二階の寝室で寝ているんだろう。
暗がりを手さぐりして、カウンターの中にある蛍光灯のスイッチを押す。
店内にならぶウッド調のテーブルが、うかびあがった。壁のいたるところにぶらさがるのは、ドライハーブの束。
薪ストーブの火は落ちていて、冷たい夜の空気が足元からあがってきている。
このカフェは、オレんちのリビングとキッチンもかねている。
去年の夏、かあさんが家の一階の壁をとっぱらって、ワンフロアにリフォームした。そうして、自宅カフェ「つむじ風」をオープンさせた。
とうさんが亡くなってから、パートをかけ持ちしたり、会社員をしたり、働きづめだったかあさんの顔に、カフェをはじめてから笑顔がもどった。
カウンターの中に入って、冷蔵庫から、スポーツ飲料を取り出す。
夜闇を飲み込む窓ガラスに、ペットボトルをあおる自分の姿がうつりこんでいる。
イギリス人だったとうさんゆずりの、琥珀色の髪。琥珀色の目。小六だけど身長はすでに、百七十を越えた。
「年々、お父さんに似てくるわね」
かあさんは、目を細めて言う。
――そのタマゴを、父親は、どうして妖精から取りあげたんだと思う?
四歳のこいつが、自分の口で、父親に言ったんだ。
『妖精のタマゴがほしい』と――
少し前にきいた老婆の声がよみがえってきて、ぞくっと背すじが凍えた。
オレが……とうさんに、妖精のタマゴをねだった。
とうさんは、オレの願いを叶えるために、タマゴを妖精の手から取りあげた。
そのせいで、タマゴは闇に落ちた……。
窓ガラスにうつりこむ自分の眉間に、ぎゅっと深いしわが寄る。
気にするな、オレ。気にしたら、負けだ。
あいつの挑発なんて、さっさとわすれるんだっ!
けど……。
窓ガラスの中の自分の顔が、ベソをかいた四歳児のようにゆがむ。
けど……それなら、とうさんは……オレのせいで……。
『父親は、おまえのせいで死んだんだ……』
老婆のしわがれた声が、唐突に耳元からきこえた。
「う、うわっ!? 」
ビビリの心臓がかんたんにとびはねた。腰の力が抜けて、べたっと、その場に尻もちをつく。
「だ、だれだっ!? ど、どこにいるっ!? 」
『ここさ……』
店内には、動くものがひとつだけあった。
鏡のうつりこみ。
ドライハーブのつりさがる壁の横に、小さな丸鏡がかけられている。オレが物心ついたときにはすでにあったもので、ツタが這ったような木彫りの額に入っている。
アンティークな雰囲気をかもしだしているから、ぼんやりと、昔、とうさんがイギリスから持ち込んだのかなと思っていた。
鏡は、オレの姿も店内のようすもうつしていなかった。
かわりに黒いモヤが、煙のように立ちのぼってくる。
モヤがゆれる。
と、鏡から、老婆の声がした。
『つくづく、甘いガキだな。
わたしがあのまま消滅したとでも思ったか?
わたしをこんな姿にした責任を取れ――』
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