ナイショの妖精さん

くまの広珠

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5 あたしという名の集合体

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 バッと、ヨウちゃんの左手が、あたしの右手首からはなれた。

 金縛りにあったように、立ちつくすヨウちゃん。

 その顔に向かって、あたしは十本の指を開いた。

 黒い手。黒い指。つめの先から、黒いモヤが噴き出す。


 蛇っ!!


 蛇の形をしたモヤ。十本の指から一匹、一匹。

 鎌首を持ちあげたかと思うと、荒縄のようにしなり、たちまち、ヨウちゃんの腕や胸に巻きついていく。


「う、うわっ!? 」


 ヨウちゃんが受身をとる間もなかった。

 右腕を、左腕を、胸を、足を、蛇がきつくしめあげる。


「……ぐ……」


 ヨウちゃんののどぼとけが鳴った。

 胸から首にあがってきた蛇が、のど元でとぐろを巻いている。


「あ……や……。……今……おまえの中にいるのは……黒いタマゴの……中身か……?」


 黒いタマゴ……?


「……やっぱり、黒いアザは、黒いタマゴの本体……中身……そのもの……。そう……なんだな……?」


 あたしの口で、老婆の声がせせら笑った。


「ようやく気づいたか? できそこないのフェアリー・ドクター。ガキだけあって、父親にくらべてずいぶん、頭が弱い。おまえが、のんびりしている間に、わたしは、この娘の体をもらった。妖精の羽を持った人間の体……。羽の大きさも、りんぷんの量も、ケタちがい……」


「お、おまえの目的は……綾のりんぷんか……?」


 ヨウちゃんの青ざめたこめかみを、汗の粒が伝っていく。


「ほかになにがある? 妖精のりんぷんは、万能薬。人間が妖精から受けたすべての傷を癒す。それは、あらゆる薬の頂点に立つということ。つまり、フェアリー・ドクターの薬は、りんぷんの前には効力を失う」


 ひゅっと、ヨウちゃんののど笛が鳴った。


「おまえがない頭をつかって、どんな薬をつくろうとも、わたしのりんぷんの前には無力。おまえを、わたしの思い通りにいたぶることができる」


 くくくくく……。


 あたしの口で、老婆の声が笑った。


「け……けど……りんぷんをすべてつかいきってしまったら、妖精は……」


「知ったことではないっ!!」


 蛇の胴が、浮き輪のようにふくらんだ。


「こんな娘が消滅したところで、わたしはいっこうにかまわない! おもちゃが壊れたなら、別の遊びをすればよいだけのことっ!」


「っ……」


 ヨウちゃんのおでこに血管がうきでた。腕がきしむ。


 ヨウちゃんっ!


 さけびたいのに、さけべない。

 あたしの心を無視して、あたしの口はまだ笑ってる。

 ヨウちゃんの体が前のめりになった。両ひざをゆかにつく。


 やめてっ! やめてぇ~っ!!



 パッと、頭上に、虹色の光がふりそそいだ。


 虹色の水滴……?


 ヨウちゃんが、マロウの液剤のふたを開けて、のこりの数滴をあたしにふりかけている。

 あたしをにらみつける、琥珀色の目。力なく涙が流れてる。


 あ……。


 あたしは自分の腕を見おろした。

 液剤のかかった箇所だけ、肌色にもどってる。水玉みたいな、肌色の模様ができている。


「……ヨウちゃん……」


 あたしのくちびるから、あたしの声がこぼれた。

 わたがしみたいに甘ったるい声。


「っ……綾……」


 ヨウちゃんの口元が震えだす。だけどすぐに、奥歯をかみしめ、ヨウちゃんはぐいっとあたしの右手首をつかんだ。


「来いっ!」


 あたしを引っぱって、書斎のドアから廊下に出る。そのまま、階段をのぼらされる。


「……やめ……ろ……」


 あたしの口から、また老婆の声がした。


「おまえの思い通りになど……させない……」


 肌色にもどった皮膚が、また黒に染まりはじめている。

 肌色の水玉は、小さくなって、黒い海に飲み込まれる。

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