ナイショの妖精さん

くまの広珠

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5 あたしという名の集合体

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 ドドドドって、心臓が波打ってる。


 うわ~……うわ~……っ !!


 ほっぺたがぽーって熱くなって、なんかもう、胸がきゅ~っとして、息をするのも苦しいくらい。

 だってだって! 手をつなぐのも、告白もハグも特別だけど。だけど、キスってやっぱり、格がちがう……。

 胸からむきだしの「好き」って気持ちが、直で伝わってきて。


 ヨウちゃんって、あたしのこと……すごいすごい好きだよね……。


 うぬぼれを胸の中でかみしめたら、さらに、うわ~って気持ちがふくらんできて、あたし、真っ赤なほっぺを両手で包んで、ひとりでキャーキャー、足をバタバタ。


「あ、の、のこり! のこりのアザ、治さなきゃ!」


 制汗スプレーでもかけるみたいに、セーターの中に液剤をつっこんで、シュッシュッ。


 あ……あと数滴で、なくなっちゃう。

 まだ、お腹にもアザがのこってるのに……。


 容器の底のほうにうすくのこった虹色の液体をながめていると、鼻先をつ~と、銀色の羽が横ぎっていった。


「……え?」


 黒い炭みたいな物体が、銀色の羽をはやして、ヨウちゃんの部屋の天井近くを飛んでいく。


「う、ウソっ!?  黒い妖精っ!?  なんで? いつの間にっ!? 」


 窓もドアも閉まってるのに。ヨウちゃんとふたりで、今までずっと、この部屋にいたのに。

 真っ黒な妖精が、ホタルみたいな青い目で、チラリとあたしを見た。それから、入り口のドアノブの上に、つっと舞い立った。


 この子が……リンちゃんにとり憑いてた妖精……?


 ヨウちゃんが、とり逃がしたって言う……。


 あたしはそ~っと、回転イスから立ちあがった。


 つ、捕まえてやる~……。


 抜き足、差し足、妖精に近づく。

 妖精のまつ毛がパチパチとしばたいた。


 ハッとした。

 青いつりあがり型の寄り目。バレリーナみたいな衣装をまとってる。髪を後ろにくるりとまとめて。つんとした鼻。小さなくちびる。


「まさか……チチ……?」


 背すじが寒くなっていく。

 あたしはよろっと、前に足を出した。

 両手で包み込むようにして、チチの頭に、ガバっ!


 銀色の羽がはばたいた。

 チチが、ドアノブから飛び立つ。

 捕らえそこなって、あたしはドアノブをつかんでた。

 あたしの体重で、ドアノブの柄が、くんと下を向く。ドアが軽くなって、開く。

 と、思ったら、あたしは前のめりになって、ドアの外に、ドタっ!


「い……イタタ……」


 パタパタとかすかな羽音がした。

 開いたドアから、チチがとびだして、二階の廊下を飛んでいく。


「ま、待ってっ!」


 手のひらサイズの真っ黒な体が、階段のほうに見えなくなる。

 あたしは、打ちつけたばかりのじんじんするひざを起こして、階段へかけだした。


 一階までおりると、自宅カフェのカウンターが見えた。

 澄んだケルトミュージックが、もれてくる。薪のにおいと、ヨウちゃんのお母さんがいれるハーブティーの草のにおい。


「こんにちは、綾ちゃん」


 レジでお金をはらっていたおばさんが、首をのばして、廊下にいるあたしを見た。

 歳はあたしのおばあちゃんと、あんまりかわらない感じ。白髪を染めた赤茶けた長いソバージュで、あごがギスギスにやせている。


 お、お向かいの中村さんっ!


「最近よく、このカフェですれちがうのね。もしかして、綾ちゃんて、中条さんの息子さんとおつきあいしてるのかしら?」


 中村さんが、派手なピンクの口紅で笑いかけてくる。なのに青いアイシャドウを塗った目は冷たく光ってる。


「あ……あの……」


 あたしは一歩、後ろにさがった。


「もしかして」もなにも……。この人、あたしとヨウちゃんが抱きあってるところ、見たって、ママに告げ口して……。

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