ナイショの妖精さん

くまの広珠

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5 あたしという名の集合体

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「……なんでだよっ!!  なんでおまえ、こんな状況になってまで、羽を切るのを嫌がんだよっ!! 」


 コートを拾いあげて、ヨウちゃんが歯を食いしばった。


「綾、おまえ前に、人間として生きるって約束したよなっ!? だったら、羽なんか、なくなったってかまわないじゃねぇかっ! おまえは、人間の和泉綾なんだろっ!? 」


「そんなの……そうだけど……。でも、ヨウちゃんだって、羽のはえたあたしのこと、『キレイ』って言ってくれたじゃない――っ!! 」


 あたしの頭の上に、雨が放射状にふりそそぐ。

 水たまりにうつるのは、ほおやあごや、鼻の上まで、真っ黒に染まったあたしの顔。

 真っ黒い両手。指先から手の甲から手のひらまで、ぜんぶ墨につっこんだみたいに、真っ黒。


 みにくい……。


 こんなあたしのこと……ヨウちゃんはもう、「キレイ」だなんて言ってくれない……。


「……っ」


 ヨウちゃんが手をのばして、あたしの右腕をつかんだ。ビシャッと水たまりを踏んで、あたしの前に立つと、あたしの胸を、自分の胸に、硬く抱き寄せた。


「い、イタ……。よ、ヨウちゃん、ダメだよっ! だれかに見られちゃうっ! また、ママに……。悪い子だって……」


「『悪い子』なら、オレだろ?」


 耳元で、ヨウちゃんの涙声がした。


「羽を切ったりしないから……。うちに来て。……お願いだから、応急処置させて」




「おかえりなさい。って、綾ちゃん? え? えっ!?  ちょっと、ヨウちゃん、何があったの?」


 カフェのカウンターの中で、ヨウちゃんのお母さんがおろおろしている。

 ビチョビチョにぬれたモッズコートを、頭の上からかぶったあたし。

 琥珀色の髪を、雨水でぐっしょりぬらしたヨウちゃん。


「ご、ごめんなさいね。ちょっとだけ、オーダー待ってもらえます?」


 ヨウちゃんのお母さんがあやまってるお客さんを見たら、お向かいの中村さんだった。


 わ……。

 もう、目が合っちゃった……。


 エプロンで手をふきながら、お母さんが廊下に出てくる。


「とにかく、綾ちゃんはこっちで着がえて。風邪ひいちゃうわ」


 洗面所につれて行かれて、頭の上のコートをはぎとられる。

 お母さんのほおが、「うっ」と引きつった。


「かあさん、事情はあとで説明する。綾、着がえたらオレの部屋に来て」


 ヨウちゃんは、自分の頭をタオルでふいて、あたしの手にもバスタオルとドライヤーを持たせた。


「……書斎じゃないの……?」


「書斎は今、立ち入り禁止」




 ヨウちゃんのお母さんから、大きめなセーターと、ひざ丈なのにあたしがはくと長めになっちゃうスカートを借りて。頭からかぶったタオルで、黒いほっぺたを隠して。

 あたしが二階にのぼっていくと、手前の部屋のドアが半分開いていた。

 中のあかりがついている。

 そっと、のぞきこむと、エアコンのあたたかい空気に包まれた。

 六畳の部屋。窓に横付けされたベッド。そのわきには勉強づくえ。メッキと青と黒と白ばかりの冷めた色彩。テレビまわりには、DVDや携帯ゲーム機が山積みにされている。

 ヨウちゃんが、ベッドのふちに腰をおろしてた。

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