ナイショの妖精さん

くまの広珠

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3 広がりゆく闇

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「おまえの親のこともあるし。ひとりひとり、妖精が憑いてるかどうかを確認するより、妖精だけ、ガバっと一気に呼び寄せたほうが、手っ取り早いだろ。捕まえてみれば、黒い妖精の生態も観察できる。黒いタマゴと、つながりがあるのかどうかもさぐれる。

つか、それを、今まで、気づかなかったって、オレ、頭わりぃな」


 ヨウちゃん、自分の後ろ頭をぽりぽり。


「で、で……でも……ヨウちゃん、日曜は……」


 キンコーンと、五時間目開始のチャイムが鳴った。


「決まりな。じゃ、綾。放課後、計画をたてるぞ」


「ま、待って! でも……」


 ピシッと、心臓が裂けた。



「い……イタ……」


 あたしは、胸を抱えて、廊下にしゃがみ込んだ。


「……綾? どうした……?」


 あわてて、あたしの前に身をかがめるヨウちゃん。


 ……わかんない。


 わかんないけど、すごく痛い。

 みんなにつけられた傷口がいっせいに開いて、血のかわりに黒いモヤが、あふれだしてくる感じ。



「……ヨウちゃん、そんなに、あたしの家に来たくない……?」


 あたしは、目の前の琥珀色の瞳を見すえた。


「……え?」


 だけど、あんまり前がよく見えない。両目を泥で塗りつぶされてるみたいで。


 ううん、泥じゃなくて、闇。

 心臓からあふれだした、黒い……黒い……ドロドロの……闇……。


「あたしなんか……できそこないのカノジョだから、ヨウちゃん、あたしの親に自分がカレシだって、言いたくなくなった?」


「……綾? オレ、そんな話ししてねぇだろ。とりあえず今回は、綾の家に行って確認するより、妖精を一網打尽にしたほうが早いって話で……わかるだろ?」


「ウソっ! ヨウちゃんだって、本当は、あたしなんかイヤなんだっ!!  青森さんや、男子たちや、有香ちゃんや、真央ちゃんや、誠みたいにっ!」


「……綾……?」


 ヨウちゃんの眉間に、ぎゅっと深いシワが寄る。


 ヤダ……。宇宙人と遭遇しちゃったみたいな目。


 ヨウちゃんが、また口を開きかけたとき、廊下をドスドスと足音がやってきた。


「なにやってんだ、中条! 和泉っ! 五時間目ははじまってるぞ! さっさと教室に入れっ!! 」


 担任の大河原先生が、上下赤紫色のイモジャージ姿で仁王立ちしてる。


「うわっ!?  は、はいっ! 綾、また放課後な」


 ヨウちゃんが、あたしの背中を教室へ押す。力を加減したやさしい手のひら。

 だけど、あたしは、帰りの会が終わるとすぐに、ランドセルを背負って、教室からとびだした。




「おかえり、綾。冷蔵庫にエクレアがあるわよ」


 家の玄関でスニーカーをぬいでいると、リビングからママの声がした。

 きょうはおだやかな、明るい声。リビングのドアの中からは、ドラマの再放送の音楽がもれてくる。

 それでも、リビングのドアの前を素通りして、あたしは階段を二階へとかけあがった。


 自分の部屋のドアを閉めて。ランドセルを足元に落として。背中をドアにつけて。

 ハアハア、息があがってる。


 ごくんと、つばを飲み込んで。

 あたしはそろっと、左手のコートのそでぐちを、まくった。



「……黒い……」


 悪寒が走った。

 手首も、腕も、肩までも、真っ黒。

 ハッとして、右手のそでもまくってみる。

 手首から上が黒かった。ひじまで黒い。


 ……広がってる。
 

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