ナイショの妖精さん

くまの広珠

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1 浅山にて

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「……黒いタマゴの中身が……まだ、どこかに生きてるってことか……?」


 琥珀色の前髪の下で、髪とおそろいの琥珀色の瞳がゆがんでる。

 ヨウちゃんのお父さんはイギリス人。お母さんは日本人。だからヨウちゃんは、ハーフ。


 鵤さんは、灰色のひげの間から、深い息をはきだした。


「わたしもね、昨晩ここに来てみて、はじめてこの惨状を知ったんだ。たしかに、おかしいよね。アザが進行していくだけではあき足りず、こんなふうに、妖精を丸ごと黒く染めてしまうなんて。

これは、異常事態だ。黒いタマゴの中身がどこかで生きていて、妖精たちに影響をおよぼしていると考えるのが、ふつうだね」


「そ、そいつをどうにかしないと、状況は悪化してくのかっ!?  黒くなった妖精はもう、助からねぇのかっ!?  あ、綾まで……」


 ヨウちゃんの涙声が、あたしの胃をしめつける。


 あたしまで……。


「すまない、葉児君。これ以上のことは、わたしにもよくわからないんだよ。

きみのお父さんが、イギリスから妖精のタマゴを持ち込んだ日からずっと、わたしは、浅山でそのようすを見てきた。だがね、しょせん、わたしは、しがない植物園の管理人でしかない。

フェアリー・ドクター妖精のお医者さんだったリズとはちがって、わたしには、なんの能力もないのだよ。

リズが生きていれば、さぞかし力になってくれただろうが……」


「……リズ?」


「……リース・ウィリアムスの愛称。オレのとうさんの名前」


 はじめて知った、ヨウちゃんのお父さんの名前。

 ヨウちゃんちの書斎にならんでいる本の作者名。英語だから、一度も読んだことがなかったけど。リース・ウィリアムスって書いてあったんだ……。


「しかし、せめてもと、こんなものを持ってきた」


 鵤さんは、ポケットからなにかをとりだして、ヨウちゃんの右手のひらにのせた。

 横からのぞきこんだら、小ビン。中で虹色の液体がかがやいている。虹色なのは、フェアリー・ドクターの魔法がかかっているあかし。


「……これは?」


「大昔に、リズからもらったものでね。『マロウの液剤』だときいた。これで肌をおおえば、妖精のつかう悪い魔力から、身を守れる」


 フェアリー・ドクターのつくった薬は、妖精の傷を治す。

 妖精から受けた人間の傷をも治す。


「つまり……影響をおよぼしているヤツの正体が、黒いタマゴの中にいたモノならば、いちおうは相手も妖精なんだから、この薬が効くってわけか……」


 ヨウちゃんは、ぎゅっとビンをにぎり込んだ。

 なって数ヶ月の見習いみたいなもんだけど、あたしもヨウちゃんも、フェアリー・ドクター。

 とくにヨウちゃんは、いつもお父さんの書斎にこもって、フェアリー・ドクターの勉強をしてる。


「綾、腕出して」


「うん」


 ヨウちゃんが、あたしのコートのそでをたくしあげた。


 う……。我ながら、気持ち悪……。


 あたしの左手の手首からひじまで。墨を腕にこぼしたみたいに、真っ黒。


 ヨウちゃんが一瞬、あたしの腕から目をそむける。だけどすぐに、奥歯をかみしめて、あたしの腕と向かい合った。

 ビンのコルクを抜いて、少し小ビンをかたむける。虹色の液体が、腕の上につっと、こぼれる。


「……つめた……」


 太い人差し指が、あたしの腕を軽くなでる。

 マロウの液剤がうすくのびて、腕全体が虹色のベールに包まれていく。

 虹色のかがやきの中に、下の黒が溶け込んで消えていく。




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