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5 きざし
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しおりを挟む「綾っ!」
浅山の登山口で、ヨウちゃんがあたしを待っている。
「手、見せてみろっ!」
かけよってきて、ぐっとあたしのコートの左そでをまくる。
腕に視線を落としたまま、ヨウちゃん、かたまった。
「あ……あのね。洗ったんだよ? せっけんで、ごしごし。それでも落ちないから、ちゃんとお湯でも。だけど……やっぱり、ぜんぜん落ちないの……」
言葉にしたら、寒気が襲ってきた。あたしは、ヨウちゃんのモッズコートの腕にしがみついた。
あったかい。だけど、ヨウちゃんの腕もかすかに震えてる。
「……ぐあいは? 腕が痛いとかはないのか? 吐き気がするとか、腹が痛いとか……?」
「それは、ぜんぜん。いつのまにこんなに広がったのか、自分でもわかんないくらいだもん」
「そうか。なら、このまま、植物園に行くぞ。また、鵤さんに相談するっ!」
「うんっ!」
あたしたちは、登山道をのぼりはじめた。
頭の上で、うす雲をかぶった太陽が、ぼんやり白いひざしをあてている。
今朝、ママとパパに、「あけましておめでとう」って言って。お年玉をもらって。年賀状を確認した。
そのあと、真央ちゃんから「あけおめ」電話がかかってきて。
去年とかわらない、新年のスタートをきったところだったのに。
「……ねぇ、鵤さん、前に言ってたよね。黒いアザは、過去の影響が少し遅れて、体に出たんだって。現在進行形じゃなければ、消えるって。それなのに広がってるってことはさ。……もしかして……過去の影響じゃなくって……」
その先は、怖すぎて言えない。
ヨウちゃんは無言で、あたしの右手を引く。
植物園のビニールハウスと、花壇に植わった色とりどりの花が見えてきた。
だけど、花壇とあたしたちの間には、柵が立ちはだかっていた。
「一月一日から三日まで休館します」
柵にはられた紙に、書いてある。
「……どうしよう……」
あたしたちはふらふらと登山道をくだってきた。
「植物園の休館日はあさってまでか。四日にまた、ここに来るしかないな。オレはそれまで、書斎の本を調べてみる。綾、かわったことがあったら、すぐに電話しろ」
「うん……」
ヒースの茂みが見えてきた。冷たい空の下、ゴワゴワと、風にゆれる深緑色の草原。
奥に砲弾倉庫跡が眠ってる。
砲弾倉庫跡の一番左はじのアーチ形の入口で、銀色の光が瞬いているのが見えた。
「あれ……? 妖精たちが来てる……?」
「……みたいだな」
あたしたちは倉庫のほうへ、ヒースの葉を踏んでいった。
レンガ造りの古い遺跡。
一番はじの暗がりになった部屋で、銀色のトンボの羽が飛び交っている。
あ……チチやヒメたちが遊びに来てる……。
足を一歩、中に踏み入れたとき、目の高さを飛んでいた妖精がひとり、つ~っとあたしの足元に落下してきた。
「……え……?」
またひとり。
はばたきをやめて、つ~っとゆかにふってくる。
「し、下っ !!」
ヨウちゃんが、後ろからあたしの肩を引いた。
白くて冷たい日が差し込む、レンガのゆかに。
銀色のトンボの羽が、点々と落ちていた。
その羽を背中にはやした妖精たちは、みんな、こげたような黒色をしている。
まるで、黒い妖精の形をした灰。
目を見開き、細い手足をおりまげて。かつて妖精だったモノたちが、バラバラと横たわっている。
「き、き、きゃぁあああああっ!! 」
のどを悲鳴が引き裂いた。
――「ナイショの妖精さん 3」 完――
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