ナイショの妖精さん

くまの広珠

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 好きな人と、好きな人の家で、ふたりっきりで、お芝居の練習。

 なんて。ふつうだったら、夢のような展開。

 たとえばふたりで、お芝居のセリフを、あま~い言葉でささやきあったり。

「うふふふ」「あははは」って、笑いあったりしちゃってさ。


 だけど、あたしにとっては……地獄……。


「綾っ! 何度まちがえるんだっ! ここは、ウエンディがピーターパンに告白する、一番大事なシーンなんだぞっ!」


 くっ……。スパルタ教師め……。


 これのどこが「あたしに来てほしくて、うずうずしてた」人なわけっ!?


 ヨウちゃんは、お父さんのつくえに、背中でもたれて立って。

 あたしは、つくえに横づけした、ゆりイスに座って。

 ガリガリ、脚本を丸暗記中。


 両想いだったら、また、ちがってくるんだろうけど。

 この人が、あたしを特訓してくれるのは、どう考えてもただの義務感。


 あたしっていう「お荷物」をどうにかしなきゃ、あしたの劇は成功しないからね。


 いつの間にか、窓の外は真っ暗。

 窓ガラスには、蛍光灯に照らされる書斎の本だなが映り込んじゃってる。


「ヨウちゃん、お腹すいた……。もうすぐ六時だから、あたし、家に帰らなきゃ……」


「で。家に帰って、ひとりで、ぜんぶ覚えきれるのか?」


 う。ギクっ!


「だ……だけど、ママが心配するし~」


「わかった。じゃあ、綾、きょうはオレんち泊まれ」


「え、ええ~っ!? 」


 ちょっと、これ! ただの義務感にしては行きすぎなんじゃ!


「で……でも、勝手にそんなことしっちゃって、有香ちゃんがきいたら怒るよっ !?」

「なんでここで、永井が出てくんだよ。役者が、セリフ覚えるんだったら、永井だってクラスの一員としてよろこぶはずだろ?」

「そ……それはそうだけど……」

「セリフ覚え切れなかったら、今晩は徹夜だからなっ!」


 ぐ……。

 やっぱり、義務感か。


 い~んだ。わかってる。

 ヨウちゃんはなんだかんだ言ったって、マジメながんばり屋さんなんだよね。

 カノジョじゃなくったって、友だちとして、あたしのことを心配してくれてるんだ。


「……わかった。あたし、一晩でセリフぜんぶ覚えるよ」


「よし。よく言った!」


 あ……ヨウちゃん、ふんわり笑顔。


 けっきょく、この笑顔ひとつで、頭ん中、お花畑になっちゃうあたしが、一番アホっ子なんだと思う。



「かあさんに話してくる」って、書斎を出て行って数分後。

 帰ってきたヨウちゃんは、大皿いっぱいのサンドイッチを抱えてた。


「夕飯持って来た。あと、おまえんちには、うちの親から『泊まる』って電話して、オッケーもらったから」

「あ、ありがとう」


 さっそくサンドイッチに手をのばしたら。ヨウちゃん、ギロリ。


「アホ。手ぇとめて、食うな。なんのためのサンドイッチだよ。これは、練習の合間につまむんだ!」

「お、鬼ぃっ!」

「はい。三十一ページの二行目から、も一回」


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