ナイショの妖精さん

くまの広珠

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1 好きな人の、好きな人

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 リンちゃんに話をふられて、青森さん、両手の指と指をあわせて、もじもじ。


「『わたしは、中条君のこと好きだから』って、一度、ことわったんだよ? だけどそのうち、いい人だから、つきあってもいいかなって、思うようになって……。あ……わたしも相手のこと、好きなんだな~って。やだ……リンてば、言わせないでよ~」


 青森さん、真っ赤なほっぺたで、リンちゃんの背中をパシパシ。りりしい眉毛も、ひそまっちゃって。


 わ~っ!!  恋するオトメ~!!


「そうか。青森、よかったな」


 ヨウちゃんの腕が、すっと、リンちゃんの腕からはずれて、カウンターに置かれたマグカップをつかんだ。


「まぁ、がんばれよ。人を好きになるって、けっこう痛いから」


 湯気の立つブラックコーヒーをふーふーしてから、口にふくんで。

 一口飲んで、カップを置くまでの動作を、あたし、思わず見続けた。


 あたしだけじゃない。リンちゃんも、青森さんも。

 目を丸くして、ヨウちゃんを見つめてる。


 急に静かになった外野に、ヨウちゃんが気づいて、顔をあげた。

 琥珀色の目が、あたしを見て。リンちゃんや青森さんを見て。まばたき。


「は? ……なんだよ? 一般論だぞ?」



「……うん」


 リンちゃんたち、顔を見合わせて、うなずいた。





「あ~、つかれた~」


 肩をぐりぐり回しながら、ヨウちゃんが家の階段をおりていく。

 ヨウちゃんちの構造は少しかわっている。高台の斜面に、海にせり出して建てられていて、崖に足場を組んで、下から家をささえてる。

 一階がお店で、二階はヨウちゃんたちの部屋。それから、地下にもひとつ部屋がある。

 地下だけど、崖にへばりついてるから、地面の下にうまってるわけじゃない。窓からは海が見わたせる。


「オレ、ぜったい、接客業には向いてないな」


 リンちゃんと青森さんはまるまる一時間、お店にいすわって。さっき、ようやく「塾に行かなきゃ」って、帰っていったとこ。

 それまで、あたしたちは動くに動けず。ふたりの会話につきあわされたんだ。


「よく言うよ。学校じゃ、いつも女子たちに、ちやほやされてるくせに」

「ちやほやされるぶんにはかまわねぇけど、自分でちやほやすんのは、めんどくさい。かと言って、店に来てくれた客に対して、知らんぷりもできねぇし」

「……外道」

「あ~?」


 不機嫌に片眉をあげながら、ヨウちゃんは、つきあたりの重たい木のドアを開けた。



 南から西に広がる大きな格子窓が、海に落ちるオレンジ色の夕日を映してた。


 わ……いつ見ても、絶景。


 のこり、二面の壁には、本だながそびえてる。背表紙は英語ばっかり。社長のディスクみたいな大きなつくえにならべてあるのは、虹色の液体の入った密封ビン。

 ここは、妖精学者だったヨウちゃんのお父さんが、亡くなるまでつかっていた書斎。

 今は、ヨウちゃんが占領してる。


「ここが、あいつらにバレなくてよかったよ……」


 木目のゆかに落ちる格子状の窓明かりをながめながら、ヨウちゃん、ぽつんとつぶやいた。

 その琥珀色の後ろ髪と、平たい背中を見てるだけで、あたしの胸、きゅうってなる。


 ヨウちゃん……あたしのこと、少しはほかの子とちがう目で見てくれてる……?


 上のカフェなんて、ヨウちゃんの秘密のほんの上層部。

 本当の秘密は、この書斎に、ぎゅっとつめ込まれてる。

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