110 / 646
3 デートスポットには、オシャレして
21
しおりを挟む● ● ● ● ●
――ここはどこ……?
あたしは、今、うす暗いレンガの壁の部屋にいた。
部屋の中には窓ひとつない。
唯一開いた、アーチ状の入り口から、朝の白い日差しが、ななめに差し込んできている。
レンガ造りの冷たいゆかの上には、タンポポの花がしきつめられていた。
その真ん中で寝ているのは、タンポポの丈より小さな、トンボの羽を持った少女。
閉じられた瞳にならぶ、金色のまつ毛。金色のふわふわした長い髪。白いロングドレス。
あ……ヒメだ。
横向きに丸くなって、しとやかな細い両腕で、白くて丸いボールを抱えている。
あたしはそれを、天井から、見おろしてる。
自分が透明人間になっちゃったみたいな。映画の観客になっちゃったみたいな。おかしな感覚。
アーチ状の入り口から差し込んでいた光が、人の影にさえぎられた。
流れるような英語をしゃべりながら、背の高い男の人が、部屋の中に入ってくる。
ヒメのそばに近づいてくる。
男の人は、茶色い背広を着ていた。胸元にはループタイをつけていて、頭の上には背広と同じ茶色い中折れ帽子。
あたし、この人、知ってるっ!!
幼稚園児のころ、あたしに妖精のタマゴをくれた人。
ヨウちゃんのお父さん……。
琥珀色の目でヒメを見おろして、お父さんはふわっとほほえんだ。
目のまわりにシワがあるけど、お父さんの目って、本当にヨウちゃんの目によく似てる。
あごはヨウちゃんより、がっしりしてるかな。ほりも、ヨウちゃんより深め。でも、鼻すじの通った顔つきは、そっくり。
お父さんはなにかまた、英語でしゃべって、ヒメの抱えている白いボールを手でつまんだ。
人間が手に持つと、アメ玉サイズ。
これ……妖精のタマゴ……。
「チチチチチ」
ヒメがしゃべった。
両手をついて起きあがって、タマゴがお父さんの手の中にあるのに気がつく。
ヒメのほっぺから、サーッと血の気が引いていった。
「チチチチチチチチチチチチ。キン、チチチッチチチチチ」
ヒメ、しゃべる。いっぱい、しゃべる。あたし、こんなにしゃべるヒメ見たの、はじめて。
ドロッと灰色をしたものが、タマゴの殻の表面にあらわれた。
水たまりを木の棒で混ぜたみたい。白かったタマゴの表面が、ドロドロの灰色ににごりはじめる。
なにあれ……? 気持ち悪い。
だけどお父さんは、琥珀色の目をかがやかせて、手のひらのタマゴに夢中になってる。
妖精学者からしてみたら、灰色のタマゴなんて、魅力的な研究対象なのかもしれない。
お父さん。ダメだよっ!
人のものを勝手に取ったら、ドロボウだよっ!!
お父さんの手のひらの上で、タマゴはどんどん変色していく。
灰色が濃くなって、黒いモヤが、ドクドク殻の表面をおおってく。
あ、あれは……黒いタマゴ……っ!?
「キンキンキンキンキンキンキンキンっ!! 」
ヒメの声。金切り声。
目に浮かんだ涙が、いく筋もほおを伝って流れていく。
お父さんの手のひらに、ドロッとした黒いモヤがこぼれだした。
真っ黒のタマゴから、黒いモヤが、おさまりきれずにどんどんあふれてくる。
背すじが、ぞくぞく寒くなる。
あれは……誠を攻撃した、黒い蛇……。
「キンキンキンっ!! 」
青い目でお父さんをにらみつけて、ヒメがさけんだ。
瞬間。
黒いタマゴの中に、大きな人間の目がひとつ、浮かびあがった。
ラグビーボールを横に倒したような楕円形。その中に、丸くて黒い目の玉。
目は、部屋全体に広がって、空気に吸い込まれて消える。
バチっ!
タマゴの中から、無数の黒い蛇が、四方八方とびだした。
黒い稲妻みたいうごめきながら、お父さんに向かっていく。
「あぁあああ~っ !!」
目を見開いて、お父さんがさけぶ。
さっきまでの余裕はもうない。
あごに、真っ白な恐怖が浮かんでる。
● ● ● ● ●
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

妖精の風の吹くまま~家を追われた元伯爵令嬢は行き倒れたわけあり青年貴族を拾いました~
狭山ひびき@バカふり200万部突破
児童書・童話
妖精女王の逆鱗に触れた人間が妖精を見ることができなくなって久しい。
そんな中、妖精が見える「妖精に愛されし」少女エマは、仲良しの妖精アーサーとポリーとともに友人を探す旅の途中、行き倒れの青年貴族ユーインを拾う。彼は病に倒れた友人を助けるために、万能薬(パナセア)を探して旅をしているらしい。「友人のために」というユーインのことが放っておけなくなったエマは、「おいエマ、やめとけって!」というアーサーの制止を振り切り、ユーインの薬探しを手伝うことにする。昔から妖精が見えることを人から気味悪がられるエマは、ユーインにはそのことを告げなかったが、伝説の万能薬に代わる特別な妖精の秘薬があるのだ。その薬なら、ユーインの友人の病気も治せるかもしれない。エマは薬の手掛かりを持っている妖精女王に会いに行くことに決める。穏やかで優しく、そしてちょっと抜けているユーインに、次第に心惹かれていくエマ。けれども、妖精女王に会いに行った山で、ついにユーインにエマの妖精が見える体質のことを知られてしまう。
「……わたしは、妖精が見えるの」
気味悪がられることを覚悟で告げたエマに、ユーインは――
心に傷を抱える妖精が見える少女エマと、心優しくもちょっとした秘密を抱えた青年貴族ユーイン、それからにぎやかな妖精たちのラブコメディです。

お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)
左左左右右左左 ~いらないモノ、売ります~
菱沼あゆ
児童書・童話
菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。
『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。
旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』
大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

悪女の死んだ国
神々廻
児童書・童話
ある日、民から恨まれていた悪女が死んだ。しかし、悪女がいなくなってからすぐに国は植民地になってしまった。実は悪女は民を1番に考えていた。
悪女は何を思い生きたのか。悪女は後世に何を残したのか.........
2話完結 1/14に2話の内容を増やしました
ローズお姉さまのドレス
有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。
いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。
話し方もお姉さまそっくり。
わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。
表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる