ナイショの妖精さん

くまの広珠

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3 デートスポットには、オシャレして

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● ● ● ● ●



 ――ここはどこ……?


 あたしは、今、うす暗いレンガの壁の部屋にいた。

 部屋の中には窓ひとつない。
 唯一開いた、アーチ状の入り口から、朝の白い日差しが、ななめに差し込んできている。

 レンガ造りの冷たいゆかの上には、タンポポの花がしきつめられていた。

 その真ん中で寝ているのは、タンポポの丈より小さな、トンボの羽を持った少女。

 閉じられた瞳にならぶ、金色のまつ毛。金色のふわふわした長い髪。白いロングドレス。


 あ……ヒメだ。


 横向きに丸くなって、しとやかな細い両腕で、白くて丸いボールを抱えている。

 あたしはそれを、天井から、見おろしてる。

 自分が透明人間になっちゃったみたいな。映画の観客になっちゃったみたいな。おかしな感覚。


 アーチ状の入り口から差し込んでいた光が、人の影にさえぎられた。

 流れるような英語をしゃべりながら、背の高い男の人が、部屋の中に入ってくる。

 ヒメのそばに近づいてくる。

 男の人は、茶色い背広を着ていた。胸元にはループタイをつけていて、頭の上には背広と同じ茶色い中折れ帽子。


 あたし、この人、知ってるっ!!


 幼稚園児のころ、あたしに妖精のタマゴをくれた人。


 ヨウちゃんのお父さん……。


 琥珀色の目でヒメを見おろして、お父さんはふわっとほほえんだ。

 目のまわりにシワがあるけど、お父さんの目って、本当にヨウちゃんの目によく似てる。

 あごはヨウちゃんより、がっしりしてるかな。ほりも、ヨウちゃんより深め。でも、鼻すじの通った顔つきは、そっくり。

 お父さんはなにかまた、英語でしゃべって、ヒメの抱えている白いボールを手でつまんだ。

 人間が手に持つと、アメ玉サイズ。


 これ……妖精のタマゴ……。


「チチチチチ」


 ヒメがしゃべった。

 両手をついて起きあがって、タマゴがお父さんの手の中にあるのに気がつく。

 ヒメのほっぺから、サーッと血の気が引いていった。


「チチチチチチチチチチチチ。キン、チチチッチチチチチ」


 ヒメ、しゃべる。いっぱい、しゃべる。あたし、こんなにしゃべるヒメ見たの、はじめて。

 ドロッと灰色をしたものが、タマゴの殻の表面にあらわれた。

 水たまりを木の棒で混ぜたみたい。白かったタマゴの表面が、ドロドロの灰色ににごりはじめる。


 なにあれ……? 気持ち悪い。


 だけどお父さんは、琥珀色の目をかがやかせて、手のひらのタマゴに夢中になってる。

 妖精学者からしてみたら、灰色のタマゴなんて、魅力的な研究対象なのかもしれない。


 お父さん。ダメだよっ!

 人のものを勝手に取ったら、ドロボウだよっ!!


 お父さんの手のひらの上で、タマゴはどんどん変色していく。

 灰色が濃くなって、黒いモヤが、ドクドク殻の表面をおおってく。


 あ、あれは……黒いタマゴ……っ!?


「キンキンキンキンキンキンキンキンっ!! 」


 ヒメの声。金切り声。

 目に浮かんだ涙が、いく筋もほおを伝って流れていく。

 お父さんの手のひらに、ドロッとした黒いモヤがこぼれだした。

 真っ黒のタマゴから、黒いモヤが、おさまりきれずにどんどんあふれてくる。


 背すじが、ぞくぞく寒くなる。


 あれは……誠を攻撃した、黒い蛇……。


「キンキンキンっ!! 」


 青い目でお父さんをにらみつけて、ヒメがさけんだ。


 瞬間。


 黒いタマゴの中に、大きな人間の目がひとつ、浮かびあがった。

 ラグビーボールを横に倒したような楕円形。その中に、丸くて黒い目の玉。

 目は、部屋全体に広がって、空気に吸い込まれて消える。


 バチっ!


 タマゴの中から、無数の黒い蛇が、四方八方とびだした。

 黒い稲妻みたいうごめきながら、お父さんに向かっていく。


「あぁあああ~っ !!」


 目を見開いて、お父さんがさけぶ。

 さっきまでの余裕はもうない。

 あごに、真っ白な恐怖が浮かんでる。



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