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2 かごの中の人面蝶
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しおりを挟む「行ってきま~す」
朝、誠はランドセルに教科書をつめかえると、ランドセルのふたをガバガバさせたまんまで、学校に行っちゃった。
ガチャって鍵をかけたのは、お母さんはとっくに仕事に行っていて、誠のほうが家を出る時間が遅いから。
誠ってば、宿題をやってないこと、完全にわすれちゃってる……。
また、先生に怒られるんだろな……。
あたしは、起きても、鳥かごの中。ぼんやりひざを抱えて、部屋の壁にはられた、サッカー選手のポスターを見あげてる。
「これ、お昼ごはんね」って、誠はかごの中にアンパンを一個、入れてくれた。
一口サイズのミニパンなんだけど、妖精のあたしには、量が多すぎるかも。
パンの横には、ストローをさしたオレンジジュースまで、そえられてる。
知らなかった。誠って、気が利くんだ……。
ガチャって、また玄関のドアの開く音がしたのは、ベランダから差し込んでくる日が、東から西にかわって、かけ時計の針が、四時半をさしたころだった。
「本当だって~。人面蝶~。アゲハチョウみたいなんだけど、マジで人の体がついてんの。しかもそれがさ~、和泉に似てるんだってぇ」
ベラベラしゃべりながら、誠が玄関に入ってくる。
ぎゃっ! ど、どうしようっ!!
誠ってば、友だち連れてきた~っ!
でも、そういえば。あの誠が、教室で言いふらさないわけなかった。おもしろいことを、人に話すの大好きだもん。
こないだだって、「ノラ猫に眉毛ついてた~」とか。「三本足のカラス見た~」とか、さわいでたし。
たいてい、まわりの男子のほうが信じなくて、きき流されるんだけど。
教室中にうわさが広がっちゃったら、あたし見世物にされちゃうよ~っ!!
「おじゃまします」
おとなの男の人みたいに低い声をきいたとたん、あたしの胸は軽くなった。
……ヨウちゃん……。
片肩にかけているグレーのランドセル。だれもいない家の中に、ぺこりと頭をさげて、スニーカーをそろえて、礼儀正しく玄関をあがってくる。
ヨウちゃ~ん。助けてぇ~っ!!
前髪があがって、琥珀色の目があたしを見る……。
とたん。あたしは、パッと顔をそらした。
こ、怖いっ!
ぜ、ぜ、ぜったいに怒られる~っ!
タオルに、ガバっと頭をつっこんで。
い、いないふりっ!
だけど、大またで近づいてくる足音、とまらない――っ!!
「葉児ぃ~。なんか飲む~? オレンジジュースと牛乳、どっちがいい~?」
「あ~。気にすんな。のどかわいてないから、なんもいらねぇ」
軽く流すような声。
ガチャンと、すぐそばで、鳥かごの入り口の金具をはずす音がした。
キイって、入り口が開く音。
って思ったら、頭をおおってたタオルがなくなって、あたしの体は、太い指につかまれてた。
ぎゃんっ!
視界が真っ暗になって、つっこまれたのは、布の中。
ここ……どこ?
入り口から顔を出したら、ヨウちゃんの黒いウインドブレーカーの左ポケットだった。
ぐっと頭を押さえられて、ポケットの中に、ヨウちゃんの大きな左手が入ってくる。まるで、ポケットに上からふたをされたみたい。
「悪い、誠。鳥かご開けたら、人面蝶逃げた」
「えっ!? ええ~っ!? 」
「あ。窓開けたら、外に逃げた」
「ちょっと、葉児ぃ、なにやってんだよぉ~っ!! 」
「悪い。――あ? オレ、教室に国語の教科書わすれてきたみてぇ。取りにもどるから、また、あしたな」
「待てよ~っ! 葉児ぃ、こんなん、ヒドイじゃんか~っ!! 」
誠のわめき声が、背中で遠ざかっていく。バタンと玄関を閉じる音。団地の階段をおりる足音と、ヨウちゃんの息づかい。
……助けにきてくれたんだ……。
トクン、トクン。定期的にきこえてくるのは、きっと、ヨウちゃんの心臓の音。
あたしはポケットの中で、硬くにぎり込んでいるごつごつの左手の甲に、そっとほっぺたをあててみた。
ピクッと一瞬だけ、こぶしがゆれる。
筋がうきでてる。硬いけど、ひんやりすべすべ。
……ありがとう、ヨウちゃん……。
人間の姿だったら、ぜったい、こんなことできないけど。
ポケットの中だもん、両腕をまわして抱きついても、バレないよね。
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