ナイショの妖精さん

くまの広珠

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1 あたしの背中の羽のこと

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「あ~あ。人間の世界って、めんどくさい」


 あたしは、ダイニングテーブルに両手でほおづえをついて、ふてくされてる。


「『めんどくさい』ってなにっ!?  ママは、あやのためを思って、言ってるのよっ?」


 夕飯をつくっていたママが、エプロンで手をふいて、わざわざキッチンから出てきた。


「あんた、こないだの算数のテストも二十点だったでしょ!?  小学生のうちからそんな点数で、来年、中学に入ってどうするのっ!?  今から塾に通ったって、遅すぎるぐらいよっ!」


 耳、ガンガン。

 あたしのたった一言で、ママは十倍の攻撃。


「ママはね、綾が心配なの。あんたって昔っから、アホっ子で。なにやっても、ビリで。それでも、小学校にあがれば、ひとつくらい取り柄ができるかもって、期待してたのに。

あんた、なに? ひとつでも、『これができる!』って、自慢できることある? 勉強は散々。運動はダメ。絵は幼児並み。歌わせれば、オンチ」


 ヒドイ、ママ!

 自分の娘を、そこまであしざまに言うっ!?


 って……ぜんぶ本当のことなんだけど……。


「だから、塾! 十一月から申し込んどいたから。週に二回、国語と算数。しっかり勉強して、頭にたたき込んで来るのよ! これ、行く日までに読んどきなさい!」


 ママは、テーブルの上に置かれた塾のパンフレットを、パンってはたいた。


「え~?」


 ぶ~ってふくれて見あげたら、キャラメル色に染めたママの髪が目に入った。胸のところで、くるんと内巻きにしている。

 ママは小顔。シワのないつるつるのお肌に、キッとつりあがり型にメイクした眉。まつ毛にかこまれた大きな目。くちびるの色はケバすぎず、薄すぎず、桜色。

 ママは、若いころから、モテてモテてこまったんだって。パパと結婚した今でも、モデルとして、子育てママのファッション誌に出ていたりする。


 ふ~んだ。そりゃあ、ママは昔っから、取り柄ばっかりだったんでしょ~ね!


 そんなママからしてみれば、あたしはいわゆる「失敗作」。


「それから、綾。あんた、顔だけはママに似て、いいんだから。その髪、どうにかしたら? 頭のてっぺんでとびはねてる寝ぐせ、直さないと、男の子にもモテないわよ」


 あ。なんか、ぷっち~ん!



「しょうがないでしょっ! この毛は、どんなにがんばっても直んないんだってばっ!!  もう、ママのバカっ!!  ほっといてよっ!! 」


 あたしは、バーンって、イスから立ちあがって、ドスドス、二階の自分の部屋にあがっていった。

 部屋のドアを開けて、右を見たら、壁に立てかけているピンクの縁取りの全身鏡。

 その中に、もやしみたいに細っこい、自分の姿が映ってる。胸がのっぺりしていて、まだ完全に幼児体型。

 たれ目に、低い鼻。とがったちっさい口。

 肩のところで切りそろえてる、ちょっと長めのストレートヘア。

 だけど、頭のてっぺんの一房だけは、くるんと頭上でそり返ってる。


 これ、アホ毛。

 アホっ子の頭にはえるから、「アホ毛」。


 あたしは全身鏡の前で、肩の力を抜いてみた。

 頭をぼうっとさせて、部屋にとどまってるひんやりとした空気に、身をゆだねる。

 両肩の後ろ、肩甲骨のあたりが、ぽうっと銀色に光った。

 チラチラ、銀色の光の粉が、肩甲骨からあらわれて、チラチラ、背中をおおっていく。


 まるで、満天の星空。

 それか、遊園地のイルミネーション。


 銀色の粉が、あたしの背中に、大きなアゲハチョウの形の羽の輪郭をつくっていく。




 あたしの背中には、羽がある。

 自分で出そうと思えば、羽は出てくる。


 あたしのママは、正真正銘、人間のママ。

 パパだって、正真正銘、人間のパパ。

 だからあたしは、正真正銘、人間の子。


 じゃあなんで、羽を出せるのかって、言うと。

 幼稚園児のころ、浅山あさやまっていう近所の山で、あるおじさんから、真珠みたいに白いアメをもらった。

 当然、それをなめたんだけど。それは、アメじゃなくて妖精のタマゴだった。

 あたしはアホっ子だから、妖精のタマゴを、アメだと思い込んで、飲み込んじゃったんだ。


 タマゴは、八年たって、あたしのお腹の中で孵化した。

 そうして、あたしの体まで半分妖精にかえちゃった。

 うれしいなって、思ったんだ。

 ずっと、妖精の世界に行きたかったから。

 だけど、ある人に、「行くな」ってとめられて。人間の姿にもどされて。

 人間として生きるって決めた。


 だけどまだ、あたしの背中には、羽がある――。



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