ナイショの妖精さん

くまの広珠

文字の大きさ
上 下
60 / 646
4 羽開くとき

53

しおりを挟む

「……どうした? ――あ。このノート、読んだのか……?」

 ヨウちゃんが立ちあがって、自分のつくえの上から、翻訳ノートを持ちあげた。

「――そうか。読んだなら、わかったと思うけど。朝言ってた大事な話ってのは、このことだよ。おまえにはキツイ話だと思うけど、こうなったら、もう、ぜんぶ受け入れろ。これが、おまえが夢見てた『妖精の羽』の真実だ」

 ……ヤダ。

 その話、ききたくない……。

「とうさんは、たしかに綾に『羽がある』って話をした。けど、それは『綾は妖精だ』っていう意味じゃなかったんだ。『希望の空を飛べる』っていう、比喩的な表現だったんだよ。『まるで~』とか『例えば~』とかがくっつくような、そういう話な。

おまけに『子どもにはみんな』って言ってる。羽があるのは、綾ひとりだけにかぎった話じゃない」

「……やめて……」

 体の中が、空洞になっちゃったみたい。

 土管みたいな空洞の体を、自分の声が、しずくになって落ちていく。

「ウソ……ウソだもんっ! だって……それならおかしいじゃんっ! なら、どうしてあたしに、妖精の音楽なんて吹けたのよっ!? 」

「それはわかんねぇけど……たぶんなにか別の理由が……」

「ウソだっ!!  ヨウちゃん、ウソついてるっ!!  わかった! あたしに羽がないって思わせて、あたしから、羽を取りあげる気なんでしょうっ?」

「なんのことだよ?」

「お父さん、言ってたもん!『羽を、きみ自身が信じられなくなってしまったら、きみの羽は抜けてしまう』ってっ!」

「だからそれは。比喩的な表現で……」

「やめてっ!! 」

 あたしは、両手で耳を押さえてちぢこまった。


 怖い……。

 白い霧みたいにかすむ思考回路の下で、脳が、少しずつ気づきはじめている。

 あたしは、妖精じゃない。

 あたしは、ただの人間。

 ヨウちゃんのお父さんは、あたしを元気づけようとして「羽がある」っていう「たとえ話」をしてくれただけ。


「綾、とりあえず落ちつけ。次のページは読んだのか? とうさんはぜんぶがぜんぶ、比喩的な話をしたわけじゃないんだ。ひとつだけ、本物の夢をおまえにたくしたんだよ。綾、昔、小さい真珠みたいなものをわたされなかったか?」

「そんなアメ、とっくになめちゃったよっ!! 」

「え……な、なめ……?」

「なめるに決まってるでしょ! アメなんかずっととっておいたって、べっとべとになるだけだもんっ!」


 どうしよう。

 夢から覚めたら、羽が抜けちゃう。

 あたしは妖精の世界に行けなくなる。


「ヤダぁ~っ !! 人間の世界になんて、もういたくない~っ !! 

人間の世界なんて、ごちゃごちゃごちゃごちゃ、めんどくさいことばっか! 恋とか、人間関係とか、気にしなきゃならないことばっかりでっ !! みんなと同じスピードで、歩いていかなきゃならなくてっ! ちょっとでも遅かったら、指さされて、笑われて。

最後には、みんなから見放されて。あたし、ひとりぼっちになっちゃうっ!! 」

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ

三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』  ――それは、ちょっと変わった不思議なお店。  おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。  ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。  お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。  そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。  彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎  いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

両親大好きっ子平民聖女様は、モフモフ聖獣様と一緒に出稼ぎライフに勤しんでいます

井藤 美樹
児童書・童話
 私の両親はお人好しなの。それも、超が付くほどのお人好し。  ここだけの話、生まれたての赤ちゃんよりもピュアな存在だと、私は内心思ってるほどなの。少なくとも、六歳の私よりもピュアなのは間違いないわ。  なので、すぐ人にだまされる。  でもね、そんな両親が大好きなの。とってもね。  だから、私が防波堤になるしかないよね、必然的に。生まれてくる妹弟のためにね。お姉ちゃん頑張ります。  でもまさか、こんなことになるなんて思いもしなかったよ。  こんな私が〈聖女〉なんて。絶対間違いだよね。教会の偉い人たちは間違いないって言ってるし、すっごく可愛いモフモフに懐かれるし、どうしよう。  えっ!? 聖女って給料が出るの!? なら、なります!! 頑張ります!!  両親大好きっ子平民聖女様と白いモフモフ聖獣様との出稼ぎライフ、ここに開幕です!!

先生,理科って楽しいね。

未来教育花恋堂
児童書・童話
夢だった小学校教員になったら,「理科専科」だった。でも,初任者指導教員の先生と子ども達と学習していくうちに,理科指導が¥に興味が高まった。

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

処理中です...