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2 妖精のお医者さん
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しおりを挟む窓から入るオレンジ色の光が、濃くなってきている。
フローリングのゆかに、黒いマス目をつくるのは、格子窓の枠の影。
「ヨウちゃんのお父さんに会ったのは、わたしが大学生のときよ。イギリスに旅行中でね。知り合いの紹介で、フェアリー・ドクターって呼ばれる人に会ったの……」
ゆりイスに座る中条のお母さんは、窓の外より遠くを見つめてる。
「その人の表の顔は、文化人類学者なんだけど。妖精の傷を治す、妖精から受けた人間の傷まで治す、不思議な方法を知っていた。
妖精に関わるお医者さんだから、『フェアリー・ドクター』。わたしは、その人の話を夢中できいたわ。小説の中だけだと思っていた、妖精の存在を身近に感じた。おもしろくて、胸が高鳴ったわ。
その人がヨウちゃんのお父さん。わたしたちは恋に落ちてね。結婚して、わたしがイギリスに移住することになったの……」
いいなぁ~。
妖精好きのイギリスの王子様とのラブストーリー。
イケメンで、紳士で、なんでもエスコートしてくれて。きっと、社交ダンスとかめっちゃうまくて。
「だけどね。わたしのお父さん。ヨウちゃんにとってはおじいさんなんだけど、癌になっちゃってね。わたしは介護のために、日本にもどらないとならなくなった。
あの人とは会えなくなってしまってね。そうしたら、あの人が日本に来てくれたのよ。故郷のイギリスを捨てて、わたしと生きることを選んでくれたの」
「わ~!! ロマンチック~っ !!」
お母さんってば、人生まで、絵本の世界から抜け出してきたみたい。
「……ふ~ん。で。なんで、とうさんは日本に来てまで、妖精とたわむれてんだよ。日本には、そんな西洋のバケモン、いないはずだろ?」
中条……ムードぶちこわし。
「そうなのよね。お父さんの話だと、妖精は古代ケルトの精霊だから、ヨーロッパにしかいないはずなのよね。浅山に妖精がいるのは、お父さんが連れてきちゃったからなの」
お母さんは、キィとゆりイスをこいだ。
「正確には、妖精のタマゴを十数個、日本に持ち込んだのよ。お父さんは、『日本の気候にも妖精が適応するか知りたかった』って言ってたけど、本音はきっと、長年親しんだ妖精たちと、別れるのがつらすぎたのね。タマゴはまもなく孵ったわ」
「その中のふたりが、砲弾倉庫で見たあの子たちなんですねっ!」
「いやいや。そんな何匹もヘンな生きモン持ち込んだら、ふつうはだれかに見つかって、大問題になるはずだろ?」
ホント。なんでこの人、こんなに現実主義者なの?
「あら? 相手は妖精よ? はずかしがりやさんで、きまぐれやさん。ふだんはどこかに隠れていて姿をあらわさないし。ちょっとや、そっとじゃ懐かない。妖精が顔を見せたのは、お世話していたお父さんにだけ。わたしでさえ、会わせてもらえなかったもの」
それから、お母さんが教えてくれたこと。
お父さんと妖精たちとの関わりあい。
妖精たちは、寒さには強かったけど、日本のジメジメした暑い夏は苦手だった。妖精たちが病気になったり、ケガをしたりするたびに、お父さんは治療しに浅山に行った。
妖精たちにとって、お父さんはお医者さん。
なんでもたよれる、身近な人間。
「……だから、妖精たちは、顔だけはお父さんに似てる中条に、助けを求めたんだ……」
身近な人間が、とつぜん亡くなっちゃったこと。
あの子たちはちゃんと、理解してるのかな?
もしも何年も、中条のお父さんの面影をさがし続けていたんだとしたら、かわいそうすぎる。
「早くあたしが行って、あの子を助けてあげなくちゃっ!」
翻訳ノートの束を、胸にぎゅっと抱いたら、お母さんはエクボをつくって笑ってくれた。
「ありがとう、綾ちゃん。お父さんのフェアリー・ドクターの知識は、そのノートに訳してあるから、そのとおりにしてちょうだい。だけどその前にひとつ、やらなきゃならないことがあるの」
「……ほぇ?」
「フェアリー・ドクターの洗礼よ」
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