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2 妖精のお医者さん
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石膏みたいにカッチカチのほお。
しらっと冷めた目。
なんで中条っていつも、こうなんだろう。
あと、もうちょっとで、キラキラの世界に手が届きそうなのに……。
「あのさ。中条って、なにかでワクワクしたことある? アレ知りたいなとか、コレ知りたいなとか、思ったことある?」
のどから出たあたしの声は、ザラッザラに低かった。
「……はぁ?」
中条の片眉が、ピクってあがる。
あ! 今、ゼッタイ「アホっ子のくせに」って思った!
だけど、それでも。
郷土資料館の先生の言葉を丸暗記できる頭は、持っているくせに。「どうでもいい」って切り捨てちゃうヤツなんかより、マシだもん!
「中条ってさ。リンちゃんたちのことだって、はじめっから、『ホントの自分を見てない』って決めてかかって、なんにも知ろうとしてないじゃん。そんな中条のこと、リンちゃんたちだって、ちゃんと知ろうとするはずないでしょ!
英語だってさ、わかんなかったら調べればいい。ドイツ語とかフランス語とか、見たこともないような文字じゃないんだよ? あたしだって、アップルとかピーチくらいならわかるもん!
貸して、この日記っ!! 学校の辞書つかって、訳すから!」
「お……おまえな。アップル、ピーチレベルでどうにかなるわけ……」
中条の声なんか無視して、日記を胸に抱きとめる。
そのまま書斎のドアのほうに走り出そうとして、ハッと顔をあげた。
開きっぱなしのドアの前に、知らない女の人が立っていた――。
「あ、あの。あたし、中条くんと同じクラスの、和泉綾っていいます」
アホ毛をゆらして、あわてて、おじぎ。
書斎のドアの前のおねえさんも、軽く頭をさげてくれたけど、すぐに眉毛をまた、キッとつりあげちゃった。
どうしよう。怒ってる!
きっと、あたしたちが勝手に、あかずの間に入ったから。
中条のおねえさんかな?
カワイイ感じに見えるのは、有香ちゃんと身長が同じくらいで、目が大きいから。ゆるいウエーブのかかったミディアムヘアの耳横を、キラキラのピンでとめている。
「綾ちゃんの言うとおりよ、ヨウちゃん」
……え? ヨウちゃん……?
チラッと中条をふり返ったら、中条ののどぼとけがゴクッとさがった。
「……かあさん」
え、ええっ!? お母さんっ !?
思い出したっ!
授業参観のとき、中条のお母さんは、若くてカワイイって有名だったんだ。
「お母さんも、ヨウちゃんには、がっかりしたわ。いつかヨウちゃんが、お父さんのことに興味を向けてくれるかもしれない。自分からこの部屋の鍵を開けてくれるんじゃないかって、ずっと期待して待ってたのに。
開けてはくれたけど、ヨウちゃんが興味を持つものは、この部屋にはなかったのね」
中条は、気まずそうに目をふせてる。
って……「ヨウちゃん」って中条のこと……?
そういえば、中条の名前は「葉児」だった。「ヨウジ」の「ヨウちゃん」?
に、に、似合わない~っ !!
「いいわ。ヨウちゃんには必要ないみたいだから、これは綾ちゃんにあげる」
細い手がスッとのびてきて、あたしの腕にノートの束が置かれた。
「……え?」
ずんと重くなった自分の腕に、大学ノートが数冊つまれてる。一番上の表紙には、あたしが生まれたころの年と日付。
「これね。ヨウちゃんのお父さんの書いた本や、日記を訳したノートなの。おばさん、若いころ、大学で英文学を専攻してたから、翻訳は得意よ」
お母さんは、ほっぺたに、ぽっくりエクボをつくって笑った。
「綾ちゃん、うちのお父さんに、興味を持ってくれてありがとね」
「お母さん……」
なんだか、目のふちが熱い。
冷えっ冷えの世界から、あったかいストーブの前に連れてこられたって感じ。
「あ、あ、あの。あたし、小さいころ、中条のお父さんに会ったことがあるんです! お父さんって、どんな人だったんですかっ?」
「そうね。まずはその話をしなくちゃね」
ロングスカートのすそをゆらして、お母さんは、窓際に置かれたゆりイスに、腰をおろした。
しらっと冷めた目。
なんで中条っていつも、こうなんだろう。
あと、もうちょっとで、キラキラの世界に手が届きそうなのに……。
「あのさ。中条って、なにかでワクワクしたことある? アレ知りたいなとか、コレ知りたいなとか、思ったことある?」
のどから出たあたしの声は、ザラッザラに低かった。
「……はぁ?」
中条の片眉が、ピクってあがる。
あ! 今、ゼッタイ「アホっ子のくせに」って思った!
だけど、それでも。
郷土資料館の先生の言葉を丸暗記できる頭は、持っているくせに。「どうでもいい」って切り捨てちゃうヤツなんかより、マシだもん!
「中条ってさ。リンちゃんたちのことだって、はじめっから、『ホントの自分を見てない』って決めてかかって、なんにも知ろうとしてないじゃん。そんな中条のこと、リンちゃんたちだって、ちゃんと知ろうとするはずないでしょ!
英語だってさ、わかんなかったら調べればいい。ドイツ語とかフランス語とか、見たこともないような文字じゃないんだよ? あたしだって、アップルとかピーチくらいならわかるもん!
貸して、この日記っ!! 学校の辞書つかって、訳すから!」
「お……おまえな。アップル、ピーチレベルでどうにかなるわけ……」
中条の声なんか無視して、日記を胸に抱きとめる。
そのまま書斎のドアのほうに走り出そうとして、ハッと顔をあげた。
開きっぱなしのドアの前に、知らない女の人が立っていた――。
「あ、あの。あたし、中条くんと同じクラスの、和泉綾っていいます」
アホ毛をゆらして、あわてて、おじぎ。
書斎のドアの前のおねえさんも、軽く頭をさげてくれたけど、すぐに眉毛をまた、キッとつりあげちゃった。
どうしよう。怒ってる!
きっと、あたしたちが勝手に、あかずの間に入ったから。
中条のおねえさんかな?
カワイイ感じに見えるのは、有香ちゃんと身長が同じくらいで、目が大きいから。ゆるいウエーブのかかったミディアムヘアの耳横を、キラキラのピンでとめている。
「綾ちゃんの言うとおりよ、ヨウちゃん」
……え? ヨウちゃん……?
チラッと中条をふり返ったら、中条ののどぼとけがゴクッとさがった。
「……かあさん」
え、ええっ!? お母さんっ !?
思い出したっ!
授業参観のとき、中条のお母さんは、若くてカワイイって有名だったんだ。
「お母さんも、ヨウちゃんには、がっかりしたわ。いつかヨウちゃんが、お父さんのことに興味を向けてくれるかもしれない。自分からこの部屋の鍵を開けてくれるんじゃないかって、ずっと期待して待ってたのに。
開けてはくれたけど、ヨウちゃんが興味を持つものは、この部屋にはなかったのね」
中条は、気まずそうに目をふせてる。
って……「ヨウちゃん」って中条のこと……?
そういえば、中条の名前は「葉児」だった。「ヨウジ」の「ヨウちゃん」?
に、に、似合わない~っ !!
「いいわ。ヨウちゃんには必要ないみたいだから、これは綾ちゃんにあげる」
細い手がスッとのびてきて、あたしの腕にノートの束が置かれた。
「……え?」
ずんと重くなった自分の腕に、大学ノートが数冊つまれてる。一番上の表紙には、あたしが生まれたころの年と日付。
「これね。ヨウちゃんのお父さんの書いた本や、日記を訳したノートなの。おばさん、若いころ、大学で英文学を専攻してたから、翻訳は得意よ」
お母さんは、ほっぺたに、ぽっくりエクボをつくって笑った。
「綾ちゃん、うちのお父さんに、興味を持ってくれてありがとね」
「お母さん……」
なんだか、目のふちが熱い。
冷えっ冷えの世界から、あったかいストーブの前に連れてこられたって感じ。
「あ、あ、あの。あたし、小さいころ、中条のお父さんに会ったことがあるんです! お父さんって、どんな人だったんですかっ?」
「そうね。まずはその話をしなくちゃね」
ロングスカートのすそをゆらして、お母さんは、窓際に置かれたゆりイスに、腰をおろした。
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