ナイショの妖精さん

くまの広珠

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1 記憶の実、ころり

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   ● ● ● ● ●


――だいじょうぶ。きみの背中には羽がある――

 男の人は言った。

――その羽を、きみ自身が信じられなくなってしまったら、きみの羽は抜けてしまうだろう――

 あたしは涙をこぼして、しゃくりあげながら、その人を見あげた。

 あたしの手や足は、今よりもずっと短い。身長もすごく低いから、目の前にしゃがみこんだ男の人が、巨人みたいに大きく感じる。

 あたしが着ている紺色のスモックは、幼稚園のときの制服。頭にかぶっているのは、黄色いチューリップハット。

 男の人の大きな手が近づいてくる。小さなあたしの手のひらに、真珠みたいなアメが一粒、ころんと置かれる。

――羽があることをわすれないで。そうすれば、いつかきっと、きみは空を飛んでいけるから――

 空を……飛べるの……?

 あたしは、その人の琥珀色の目をのぞきこんだ。

 宝石みたい。透きとおっていて、奥がじんわりあったかい。

 その人は、ほっぺたのしわを深くして、ほほえんだ。
 茶色い背広に、茶色い中折れ帽子をかぶってる。えりもとにはループタイ。パパよりも少しおじさんかな?

 本当に? あたしでも?

 こんな、へなちょこりんのあたしでも?

 だって、ママ、怒るんだよ? あたしがおねぼうさんだから。

 みんなは、おようふくのボタンとめられるのに、あたしだけ、とめらんないの。

 おゆうぎもね、あたしだけへたっぴなの。

 だからね、あたしは、ひとりぼっち。

 みんなといっしょに、お山に来てたんだけど。みんな、あたしなんかいらないって、どっかに消えちゃったんだ。

――綾ちゃん、耳をすませてごらん。先生の声がきこえるよ。綾ちゃんを心配して、さがしているよ。時期が来れば、きみはかならず、おじさんの言葉の意味に気づくはず。それまでは信じることをやめないで――

 おじさんの胸や肩に、無数の銀色の羽がとまっている。

 トンボの羽のある小さな女の子や男の子が、身を休めてる――。


   ● ● ● ● ●



 思い出したっ!

 あのとき、あたしは幼稚園の年中さんで。

 浅山に遠足に来ていて。迷子になって、かなしくて。
 あのおじさんに助けてもらった。

 ……あたし……昔も妖精を見てたんだ……。


「うわぁあああああっ!! 」

 思い出にひたるあたしの前で、中条が背中から倒れていく。
 右足と左足を交差させてるから、自分で自分の足に引っかかったみたい。

「うわ、うわ、うわ、うわぁっ!! 」

 砲弾倉庫の前に尻もちをついたと思ったら、今度は、腕をめちゃくちゃにふりまわしはじめた。

「な、なんだ、こいつっ! や、やめろ! きしょくわるい! は、は、はなれろ~っ!! 」

 中条の胸に、さっきの妖精の女の子がくっついている。

「チチチチ。チチチ、キン、キン」

 スプーンとフォークをかちあわせたみたいな。せわしない音。

 よく見たら、女の子が口をパクパクしてる。

 これって、妖精の声っ!?

「チチチチ、チチチチチ」

 青い目で、きゅっと中条を見あげて。ツツジのめしべみたいに細い両手でしがみついて。
「おねえさんを助けて」って、うったえているみたい。

「うわ、うわ、うわぁああっ !!」

 だけど、中条、前も見えてない。

 腕をふりまわしながら、立ちあがり。と思ったら、後ろにさがりすぎたせいで、レンガの壁に背中をうちつけて。自分の失敗なのに、「ぎゃあ!」とか、人にやられたみたいにおどろいてる。

 妖精の子の手が、ほどけた一瞬。

「に、逃げるぞっ!」

 中条は、つんのめるようにして、かけだした。

「わっ! 」って右手首を見たら、あたしの手までつかまれてる。

「ちょ、ちょっと、待ってよっ! あの子、中条に『助けて』って言ってるんだよっ!? 」

 引っぱられて、あたしまで走らされる。

「知るか、あんな人間外っ!」

 砲弾倉庫のわきを通って。登山道へ足を踏み入れたときには、妖精の姿は消えていた。

 それでも中条、走るのをやめない。

「ねぇ、とまってよ! 手ぇ痛い 」

「立ちどまって、あのバケモンに追いつかれでもしたらどうすんだよ! クソ! まだ、サブイボ立ってる。こんな恐ろしい思いすんの、『よい子のホラー館』以来だっ!」

「え? えっと……それって、ベイランドの中にあるオバケ屋敷のこと?」

「ほかにあるかっ!? 」

 だって……。

 ベイランドってのは、地元のちっさい遊園地。オバケ屋敷は怖くなさすぎて、幼稚園児でも笑って出てくるって有名なんだけど。

 中条って、もしかして……。

 ううん。もしかしなくても。

 すんごいヘタレ……?


 土の細い登山道が、アスファルトの道路にぶつかった。

 道路を数メートルくだったところにある駐車場から、小学生たちの声がきこえてくる。

「あ! 中条く~ん!」

 リンちゃんが駐車場の入り口で、両手を大きくふっている。

 とたんに、汗ばんだ手のひらが、パッと、あたしの手首からはなれた。

 手錠をはずされた気分。ホッとして、相手を見あげたら、ジーンズの後ろポケットに両手をつっこんで、目を細めてた。

 ……あれ?

「遅くなって悪い。三班、全員そろった」

 いつもと同じ、石膏みたいな無表情。
 中条はコンパスの長い足で、スタスタとクラスメイトたちの中に入っていく。

 な、な、な、なんなの、この人っ !?


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