14 / 646
1 記憶の実、ころり
10
しおりを挟む
● ● ● ● ●
――だいじょうぶ。きみの背中には羽がある――
男の人は言った。
――その羽を、きみ自身が信じられなくなってしまったら、きみの羽は抜けてしまうだろう――
あたしは涙をこぼして、しゃくりあげながら、その人を見あげた。
あたしの手や足は、今よりもずっと短い。身長もすごく低いから、目の前にしゃがみこんだ男の人が、巨人みたいに大きく感じる。
あたしが着ている紺色のスモックは、幼稚園のときの制服。頭にかぶっているのは、黄色いチューリップハット。
男の人の大きな手が近づいてくる。小さなあたしの手のひらに、真珠みたいなアメが一粒、ころんと置かれる。
――羽があることをわすれないで。そうすれば、いつかきっと、きみは空を飛んでいけるから――
空を……飛べるの……?
あたしは、その人の琥珀色の目をのぞきこんだ。
宝石みたい。透きとおっていて、奥がじんわりあったかい。
その人は、ほっぺたのしわを深くして、ほほえんだ。
茶色い背広に、茶色い中折れ帽子をかぶってる。えりもとにはループタイ。パパよりも少しおじさんかな?
本当に? あたしでも?
こんな、へなちょこりんのあたしでも?
だって、ママ、怒るんだよ? あたしがおねぼうさんだから。
みんなは、おようふくのボタンとめられるのに、あたしだけ、とめらんないの。
おゆうぎもね、あたしだけへたっぴなの。
だからね、あたしは、ひとりぼっち。
みんなといっしょに、お山に来てたんだけど。みんな、あたしなんかいらないって、どっかに消えちゃったんだ。
――綾ちゃん、耳をすませてごらん。先生の声がきこえるよ。綾ちゃんを心配して、さがしているよ。時期が来れば、きみはかならず、おじさんの言葉の意味に気づくはず。それまでは信じることをやめないで――
おじさんの胸や肩に、無数の銀色の羽がとまっている。
トンボの羽のある小さな女の子や男の子が、身を休めてる――。
● ● ● ● ●
思い出したっ!
あのとき、あたしは幼稚園の年中さんで。
浅山に遠足に来ていて。迷子になって、かなしくて。
あのおじさんに助けてもらった。
……あたし……昔も妖精を見てたんだ……。
「うわぁあああああっ!! 」
思い出にひたるあたしの前で、中条が背中から倒れていく。
右足と左足を交差させてるから、自分で自分の足に引っかかったみたい。
「うわ、うわ、うわ、うわぁっ!! 」
砲弾倉庫の前に尻もちをついたと思ったら、今度は、腕をめちゃくちゃにふりまわしはじめた。
「な、なんだ、こいつっ! や、やめろ! きしょくわるい! は、は、はなれろ~っ!! 」
中条の胸に、さっきの妖精の女の子がくっついている。
「チチチチ。チチチ、キン、キン」
スプーンとフォークをかちあわせたみたいな。せわしない音。
よく見たら、女の子が口をパクパクしてる。
これって、妖精の声っ!?
「チチチチ、チチチチチ」
青い目で、きゅっと中条を見あげて。ツツジのめしべみたいに細い両手でしがみついて。
「おねえさんを助けて」って、うったえているみたい。
「うわ、うわ、うわぁああっ !!」
だけど、中条、前も見えてない。
腕をふりまわしながら、立ちあがり。と思ったら、後ろにさがりすぎたせいで、レンガの壁に背中をうちつけて。自分の失敗なのに、「ぎゃあ!」とか、人にやられたみたいにおどろいてる。
妖精の子の手が、ほどけた一瞬。
「に、逃げるぞっ!」
中条は、つんのめるようにして、かけだした。
「わっ! 」って右手首を見たら、あたしの手までつかまれてる。
「ちょ、ちょっと、待ってよっ! あの子、中条に『助けて』って言ってるんだよっ!? 」
引っぱられて、あたしまで走らされる。
「知るか、あんな人間外っ!」
砲弾倉庫のわきを通って。登山道へ足を踏み入れたときには、妖精の姿は消えていた。
それでも中条、走るのをやめない。
「ねぇ、とまってよ! 手ぇ痛い 」
「立ちどまって、あのバケモンに追いつかれでもしたらどうすんだよ! クソ! まだ、サブイボ立ってる。こんな恐ろしい思いすんの、『よい子のホラー館』以来だっ!」
「え? えっと……それって、ベイランドの中にあるオバケ屋敷のこと?」
「ほかにあるかっ!? 」
だって……。
ベイランドってのは、地元のちっさい遊園地。オバケ屋敷は怖くなさすぎて、幼稚園児でも笑って出てくるって有名なんだけど。
中条って、もしかして……。
ううん。もしかしなくても。
すんごいヘタレ……?
土の細い登山道が、アスファルトの道路にぶつかった。
道路を数メートルくだったところにある駐車場から、小学生たちの声がきこえてくる。
「あ! 中条く~ん!」
リンちゃんが駐車場の入り口で、両手を大きくふっている。
とたんに、汗ばんだ手のひらが、パッと、あたしの手首からはなれた。
手錠をはずされた気分。ホッとして、相手を見あげたら、ジーンズの後ろポケットに両手をつっこんで、目を細めてた。
……あれ?
「遅くなって悪い。三班、全員そろった」
いつもと同じ、石膏みたいな無表情。
中条はコンパスの長い足で、スタスタとクラスメイトたちの中に入っていく。
な、な、な、なんなの、この人っ !?
――だいじょうぶ。きみの背中には羽がある――
男の人は言った。
――その羽を、きみ自身が信じられなくなってしまったら、きみの羽は抜けてしまうだろう――
あたしは涙をこぼして、しゃくりあげながら、その人を見あげた。
あたしの手や足は、今よりもずっと短い。身長もすごく低いから、目の前にしゃがみこんだ男の人が、巨人みたいに大きく感じる。
あたしが着ている紺色のスモックは、幼稚園のときの制服。頭にかぶっているのは、黄色いチューリップハット。
男の人の大きな手が近づいてくる。小さなあたしの手のひらに、真珠みたいなアメが一粒、ころんと置かれる。
――羽があることをわすれないで。そうすれば、いつかきっと、きみは空を飛んでいけるから――
空を……飛べるの……?
あたしは、その人の琥珀色の目をのぞきこんだ。
宝石みたい。透きとおっていて、奥がじんわりあったかい。
その人は、ほっぺたのしわを深くして、ほほえんだ。
茶色い背広に、茶色い中折れ帽子をかぶってる。えりもとにはループタイ。パパよりも少しおじさんかな?
本当に? あたしでも?
こんな、へなちょこりんのあたしでも?
だって、ママ、怒るんだよ? あたしがおねぼうさんだから。
みんなは、おようふくのボタンとめられるのに、あたしだけ、とめらんないの。
おゆうぎもね、あたしだけへたっぴなの。
だからね、あたしは、ひとりぼっち。
みんなといっしょに、お山に来てたんだけど。みんな、あたしなんかいらないって、どっかに消えちゃったんだ。
――綾ちゃん、耳をすませてごらん。先生の声がきこえるよ。綾ちゃんを心配して、さがしているよ。時期が来れば、きみはかならず、おじさんの言葉の意味に気づくはず。それまでは信じることをやめないで――
おじさんの胸や肩に、無数の銀色の羽がとまっている。
トンボの羽のある小さな女の子や男の子が、身を休めてる――。
● ● ● ● ●
思い出したっ!
あのとき、あたしは幼稚園の年中さんで。
浅山に遠足に来ていて。迷子になって、かなしくて。
あのおじさんに助けてもらった。
……あたし……昔も妖精を見てたんだ……。
「うわぁあああああっ!! 」
思い出にひたるあたしの前で、中条が背中から倒れていく。
右足と左足を交差させてるから、自分で自分の足に引っかかったみたい。
「うわ、うわ、うわ、うわぁっ!! 」
砲弾倉庫の前に尻もちをついたと思ったら、今度は、腕をめちゃくちゃにふりまわしはじめた。
「な、なんだ、こいつっ! や、やめろ! きしょくわるい! は、は、はなれろ~っ!! 」
中条の胸に、さっきの妖精の女の子がくっついている。
「チチチチ。チチチ、キン、キン」
スプーンとフォークをかちあわせたみたいな。せわしない音。
よく見たら、女の子が口をパクパクしてる。
これって、妖精の声っ!?
「チチチチ、チチチチチ」
青い目で、きゅっと中条を見あげて。ツツジのめしべみたいに細い両手でしがみついて。
「おねえさんを助けて」って、うったえているみたい。
「うわ、うわ、うわぁああっ !!」
だけど、中条、前も見えてない。
腕をふりまわしながら、立ちあがり。と思ったら、後ろにさがりすぎたせいで、レンガの壁に背中をうちつけて。自分の失敗なのに、「ぎゃあ!」とか、人にやられたみたいにおどろいてる。
妖精の子の手が、ほどけた一瞬。
「に、逃げるぞっ!」
中条は、つんのめるようにして、かけだした。
「わっ! 」って右手首を見たら、あたしの手までつかまれてる。
「ちょ、ちょっと、待ってよっ! あの子、中条に『助けて』って言ってるんだよっ!? 」
引っぱられて、あたしまで走らされる。
「知るか、あんな人間外っ!」
砲弾倉庫のわきを通って。登山道へ足を踏み入れたときには、妖精の姿は消えていた。
それでも中条、走るのをやめない。
「ねぇ、とまってよ! 手ぇ痛い 」
「立ちどまって、あのバケモンに追いつかれでもしたらどうすんだよ! クソ! まだ、サブイボ立ってる。こんな恐ろしい思いすんの、『よい子のホラー館』以来だっ!」
「え? えっと……それって、ベイランドの中にあるオバケ屋敷のこと?」
「ほかにあるかっ!? 」
だって……。
ベイランドってのは、地元のちっさい遊園地。オバケ屋敷は怖くなさすぎて、幼稚園児でも笑って出てくるって有名なんだけど。
中条って、もしかして……。
ううん。もしかしなくても。
すんごいヘタレ……?
土の細い登山道が、アスファルトの道路にぶつかった。
道路を数メートルくだったところにある駐車場から、小学生たちの声がきこえてくる。
「あ! 中条く~ん!」
リンちゃんが駐車場の入り口で、両手を大きくふっている。
とたんに、汗ばんだ手のひらが、パッと、あたしの手首からはなれた。
手錠をはずされた気分。ホッとして、相手を見あげたら、ジーンズの後ろポケットに両手をつっこんで、目を細めてた。
……あれ?
「遅くなって悪い。三班、全員そろった」
いつもと同じ、石膏みたいな無表情。
中条はコンパスの長い足で、スタスタとクラスメイトたちの中に入っていく。
な、な、な、なんなの、この人っ !?
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

妖精の風の吹くまま~家を追われた元伯爵令嬢は行き倒れたわけあり青年貴族を拾いました~
狭山ひびき@バカふり200万部突破
児童書・童話
妖精女王の逆鱗に触れた人間が妖精を見ることができなくなって久しい。
そんな中、妖精が見える「妖精に愛されし」少女エマは、仲良しの妖精アーサーとポリーとともに友人を探す旅の途中、行き倒れの青年貴族ユーインを拾う。彼は病に倒れた友人を助けるために、万能薬(パナセア)を探して旅をしているらしい。「友人のために」というユーインのことが放っておけなくなったエマは、「おいエマ、やめとけって!」というアーサーの制止を振り切り、ユーインの薬探しを手伝うことにする。昔から妖精が見えることを人から気味悪がられるエマは、ユーインにはそのことを告げなかったが、伝説の万能薬に代わる特別な妖精の秘薬があるのだ。その薬なら、ユーインの友人の病気も治せるかもしれない。エマは薬の手掛かりを持っている妖精女王に会いに行くことに決める。穏やかで優しく、そしてちょっと抜けているユーインに、次第に心惹かれていくエマ。けれども、妖精女王に会いに行った山で、ついにユーインにエマの妖精が見える体質のことを知られてしまう。
「……わたしは、妖精が見えるの」
気味悪がられることを覚悟で告げたエマに、ユーインは――
心に傷を抱える妖精が見える少女エマと、心優しくもちょっとした秘密を抱えた青年貴族ユーイン、それからにぎやかな妖精たちのラブコメディです。

お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)
左左左右右左左 ~いらないモノ、売ります~
菱沼あゆ
児童書・童話
菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。
『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。
旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』
大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

悪女の死んだ国
神々廻
児童書・童話
ある日、民から恨まれていた悪女が死んだ。しかし、悪女がいなくなってからすぐに国は植民地になってしまった。実は悪女は民を1番に考えていた。
悪女は何を思い生きたのか。悪女は後世に何を残したのか.........
2話完結 1/14に2話の内容を増やしました
ローズお姉さまのドレス
有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。
いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。
話し方もお姉さまそっくり。
わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。
表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる