ナイショの妖精さん

くまの広珠

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1 記憶の実、ころり

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「――は?」

「中条、怖いんでしょ? もし、一番奥の穴のぞいて、もう一度見ちゃったらって思ったら、怖いから、なかったことにしたいんだ?」

「えっ? なになに? もしかして和泉たち、ホントにオバケ見たの~?」

 後ろから、誠がうれしそうに首をつっこんでくる。
 その誠のおでこを、中条がぺんっとはたいた。

「おまえはだまっとけ。――なんだよ、和泉。ケンカ売ってんの?」

 こめかみを、つっと汗が伝っていく。

 失敗したかもしれない。
 あたし、クラスのボスにかみついてる……?

 だけど、引きさがれない。
 せっかく妖精を見たのに、なかったことにして、このまま帰れない。

「いいよ、中条君。和泉さんは置いて、集合場所にもどろ。待ってたって、待ってなくったって、和泉さんは、どうせ迷子になるんだから」

「いや。オレものこる」

 あたしは「え?」と相手を見あげた。

 中条はジーンズの後ろポケットに両手をつっこんで、リュックの取っ手を片側にだけかけて、リンちゃんたちをふり返ってる。

「班長の責任があるからな。悪いけど、倉橋(くらはし)は誠を連れて、先に行って」

「は~? なんだよ、葉児(ようじ)ぃ~。オレものこってオバケ退治したいんだけど~」

「おまえがいると、さらに遅くなりそうなんだよ! おとなしく先行け」

 身長の低い誠の背中をひょいっと前に押し出して。しぶしぶリンちゃんと歩き出した誠を見送って。

 石膏みたいに冷めたほおが、あたしに向き直った。

「――で? なに? 度胸だめし、しろって?」


 怖い……。

 なにが怖いって、度胸だめしすることが、じゃなくて。

 片眉がひくついている中条の顔が。

 これでもし、妖精がいなかったら、あたしこれから、本腰入れていじめられるんじゃ……。

 せっかく、妖精が入っていった場所を確かめるチャンスなのに。中条のオーラが怖すぎで、ぜんっぜん楽しめない。

 ひとつ、ふたつ、三つ……。

 先頭に立って、アーチ状の入り口から、中をのぞき込んでいく。

 ならんだ穴の中はどこも、しんと暗い。
 車庫みたいに長方形した部屋は、がらんどう。古いレンガの壁のすき間から、冷たい闇が染み出してる。

 中条はあたしの数歩後ろを、めんどくさそうについてくる。
 あたしが三歩歩くところを、長いコンパスの足で一歩。わざとのろのろ足を出してるところが、嫌味な感じ。

 お互い無言で、アーチ状の入り口の前を通りすぎて。


 四つ目の部屋。

 のぞきこんだら、真ん中で、小さな銀色の粒がまたたいた。

 なんだろ……?

 暗がりに目が慣れてなくて、そこだけチカチカして見えるのかな?

 周囲が見えてきて、チカチカの光が輪郭をつくっているのに気がついた。

 トンボの羽。

 細かい光がラメみたいに無数にちりばめられていて、部屋の中央で、小さな銀色の羽を形づくってる。

 羽だけじゃなくて、羽のはえた小さな人にも、光の粒はふりかけられていた。

 ……さっきの子っ!

 バレリーナみたいな白い服の女の子。赤紫色の花を手に、がらんどうの部屋にたたずんでる。

 その子の前に、もうひとりの妖精が横たわっていた。

 顔立ちは中学生くらいかな? 白いレースのロングドレス。ふわふわパーマの長い髪に、小花のかんむりをつけて。目を閉じて、両手を胸の上で組んでいる。

 だけど、その子の肌を見て、目をつむっちゃいたくなった。

 だって、かわいそう……。

 カワイイ顔や真っ白の細い手足のあちこちに、カビみたいな緑の斑点ができている。目もずっと開けないし。

 なんかの病気……?

 バレリーナの女の子が、ふわふわパーマの少女のかたわらに、そっと赤紫色の花を置いた。少女のまわりには、ほかにもたくさん、赤紫色の花が置かれてる。

 キレイなんだけど、棺桶みたい……。

「やっぱ、なんもいないな」

「……え?」

 ふり返ったら、あたしの後ろから、中条がつまらなそうに、中をのぞき込んでいた。

「ったく、時間ソンした。ほら、さっさと集合場所もどるぞ」

「えええっ!? 」

 信じらんない! なんで中条には見えないのっ !?
 お花畑では、ちゃんと見えてたのにっ!

「ちょ、ちょっと、中条っ!! 」

 とっさに、相手の左腕をつかんだら。

「う、うわっ!? 」

 筋張った太い左腕が、ビクッと痙攣した。

 ……え?

「な、なんだっ !? おまえ、急にさわるなっ!」

 ……あれ……?

 あたしに怒鳴りちらしてるあご、ガクガク震えてる。

 これって……見えてる……よね?

「ひ、ひ、ヒドイ、中条っ! なんで、見えてないふりするのっ !?」

「なにをだよっ !? 見えねぇよっ!! 」


 瞬間。

 部屋の中から、パッと銀色の羽が飛び出してきた。

 あたしの肩を越えて、バレリーナの女の子が中条に向かっていく。

「!」

「昔どこかで見たような感じ」がズンと、あたしの胸をついた。


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