ナイショの妖精さん

くまの広珠

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1 記憶の実、ころり

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「や、やめろっ!」

 横から、パシッと手をつかまれる。

「……え?」

 見あげたら、中条の視線は、あたしが手をのばそうとしたほうに向いていた。
 石膏みたいな横顔が、いつもよりも青白い。あたしの腕をつかむ硬い腕が、カタカタ小さく震えてる。

 中条にも……見えてる……?

「……と、飛んでく」

 かすれた声に、あたしはまた花のほうを見た。

 さっきまでいた妖精がいない。

 花畑の先に目をこらしたら、トンボの羽が見えた。赤紫色の花を一輪持って、空を遠ざかっていく。

「行っちゃうっ!」

 あたしは大またで追いかけ出した。

「おい、和泉っ!」

 背中で中条の足音が近づいてくる。

「追ってどうすんだよっ!? 」

「だってっ!」

 縄みたいな花の茎に、足をとられて、何度も転びそうになる。
 でもすぐに、顔を起こして、走りだす。

 妖精はいるっ!

 本当にいるんだっ!

 心臓がピストンみたいにふくらんでしぼんで、ピンク色の希望を、胸に手に足に行きわたらせる。

 やっぱり、あの記憶は、ただの夢じゃないっ!





 何分走ったんだろう。

 花畑の中に、赤茶けたレンガ造りの壁が見えてきた。

 レンガはうっすら、土をかぶっていて、はじが半分くずれ落ちている。
 花畑にうずもれた地面に接して、アーチ状の入り口がならんでいる。
 
 ひとつ、ふたつ、三つ、四つ……。

 一番奥の穴で、光がチカンと反射した。

 銀色のトンボの羽が、赤紫色の花を持って、穴の暗がりに入っていく。

 あの中……っ!

 追いかけようとしたとき、ザワザワと物音が近づいてきた。

「あれ~? 和泉じゃん! どうして、こんなとこから出てくんだよ~?」

 壁の後ろから、ひょこっと顔をのぞかせたのは、誠。あいかわらず、つかいもしない木の棒を、釣りざおみたいにかついでる。

「ちょっと、和泉さんっ!?  なんで、そっちから来るのよ? 中条君は?」

 耳にさわるキンキン声は、リンちゃん。

 ……ほぇ?

 あたし、アホ毛をゆらして、きょとん。

 なんか一気に、現実にもどされたって感じ。

 ふたりが出てきたところをよく見てみたら、レンガの壁の裏に登山道が通じていた。
 レンガの横には、真新しい立て札が立てられている。

「第二砲弾倉庫跡」って横書きされた大きな字。その下に細かい説明がごちゃごちゃ。

「和泉さんがあんまりトロいから、中条君、しかたなく、あんたのようすを見に、道をもどったんだよ。会ってないの?」

 リンちゃんにつめよられて、たじたじしてたら、「あ~、こっちこっち」と声がした。

 中条が、のしのし花畑を歩いてくる。目は、めんどくさそうに半開きで。片手をダルそうにあげて。
 いつもとかわらない、冷えびえ感。

 背中に汗をいっぱい流して、ほっぺたがほてった、あたしとは大ちがい。


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