ナイショの妖精さん

くまの広珠

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5 ヨウちゃんとフェアリー・ドクター

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「……もともと、なにもないところに、ティル・ナ・ノーグの入り口をつくったのはオレだ。危険は覚悟の上だ。ハロウィンの前に、儀式をし直して、ティル・ナ・ノーグのふたを開き、あらためて閉じる。完全に閉じれば、また浅山とティル・ナ・ノーグは切りはなされて、無関係にもどるんだから」


「そうだね。巻きもどしの法が成立すれば、浅山はティル・ナ・ノーグとは縁もゆかりもない地にもどる。だから、ハロウィンになろうとも、浅山がモンスターであふれる心配はなくなる。けれど、葉児君。きみの案は、やめておいたほうがいい」


「……え?」


「理屈上では、たしかに可能だ。だが、もともと開きかけているふたを、再度儀式によって開けることを、『ネミの王』が許すかどうか。

ティル・ナ・ノーグの入り口をつくったり、閉じたりという儀式は、『ネミの王』という、いわば浅山の守り神を呼び出して行う、神聖な行為だということを、わすれてはいけないよ。すべて、『ネミの王』の力を借りて、行っているものなのだから」


 ……ネミの王。


 あたしは暮れてきた山のてっぺんに目をやった。こんもりと茂ったたくさんの木々が黒いシルエットをつくっている。


 この山全体に、あたしたちの目には見えない、神様みたいなだれかがいる……。

 そのだれかが手伝ってくれたから、ヨウちゃんはあの儀式をできて、妖精たちはここにすめる……。

 その「だれか」を、人は「自然」って呼ぶんだろう。


 自然ってふしぎ。

 人間だけじゃなくて、動物も木も葉も風も妖精も、目に見えないものも、すべてを包み込んで、そこに、ただ「ある」。


 ヨウちゃんが歯ぎしりした。


「じゃあ……どうすればいいんだ……?」


「巻きもどし法のやり直し方は、わたしも知らない。あるいは、リズならなにか……」


「……とうさんの本。でも……書斎はもう……」


「ヨウちゃん、書斎は封鎖したって、言いたいの?」


 うつむいてる横顔をのぞきこんだら、あたしたちの後ろから、誠が「バッカじゃね~のっ 」とさけんだ。


「葉児、そんなことにこだわってる場合かよっ!? 」





 自宅カフェ「つむじ風」の階段を、地下に向かって一階分おりて。

 つきあたりにそびえる、重たい木のドア。

 ヨウちゃんはその鍵穴に、銀色の鍵をさしこんだ。


 ガチャンと、鍵の開く音。

 ヨウちゃんがドアノブをまわして引く。ドアはきしみながら、開いていく。


 中も真っ暗だった。

 ヨウちゃんが中に手をのばして、電気をつける。

 パッと、あたりが明るくなる。


 天井からゆかまでそびえる本だな。ならんだ本は、ぜんぶ英文書。

 社長のディスクみたいに大きなつくえが置いてあって、つくえの上に、虹色の液体の入ったガラスビンがいくつもならんでいる。

 南から西に大きく開いた窓の外は夜。最近、日が落ちるのが早くて、浅山から帰るとちゅうでもう、空に星がかがやきだしていた。


 ヨウちゃんは蛍光灯のスイッチに指をのせたまま、部屋の中を見つめてる。泣き出しそうにうるんだ目で。


「……ヨウちゃん?」


「あ。え、えっと。そうだな。今からオレは、ここにある、まだ読んでない本を翻訳する。綾と誠は、翻訳ノートを見返してほしい」


 やっと、部屋の中に足をのばしたヨウちゃんは、お父さんのつくえまで行くと、一番下の深い引き出しから、大学ノートの束を取り出した。


「こっちが、かあさんの翻訳ノート」


 あたしと誠の足元のゆかに、ドスッとノートの束をおろしたと思ったら、すぐにまた、本だなのほうにもどっていく。そしてさらに、うず高くつんだノートの山を抱えてもどってきた。お母さんのノートの三、四倍はありそう。


「こっちが、オレの翻訳ノート」


「す、すげ~な。葉児、これ、ぜんぶおまえがひとりで訳したの?」


 誠の声に返事がなかった。

 ノートの束の前のゆかに、誠とふたりで座り込んで見あげたら、ヨウちゃんはもうお父さんのつくえの前に座って、本を開いてた。手元の電子辞書を指でパチパチとはじきながら、シャープペンを動かして、どんどんノートに字を書きだしていく。

 あたしたちがいることなんて、一瞬のうちにわすれちゃったみたい。目が、ギラギラしてて、まるで、獲物をねらうタカ。


 ……カッコイイ……。

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