ナイショの妖精さん

くまの広珠

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5 ヨウちゃんとフェアリー・ドクター

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「ねぇ、どの子?」

「あの子、あの子。ほら、窓際でメガネをかけた子とぽっちゃりした子といっしょにいる……。ちっちゃな……」

「え~っ!?  あの子が~っ!?  見えな~いっ!」


 一年の教室のドアの前で、勝手にキャアキャア言っていた先輩たちは、あたしを確認すると、またキャアキャア言いながら去っていく。

「みんなの前で堂々とキスした子」、「しかもあの、バスケ部の王子と」。

 体育祭の振替休日をすぎて登校してみたら、想像通り、あたしは先輩たちのうわさの的だった。

 自分の席は、廊下側の一番前でめだつから。お昼休みに、わざわざヨウちゃんの席まで移動して、真央ちゃんたちと話してたんだけど。


 無意味……。


「は~。また、中条が盛大にやらかしてくれたからな~。ギャラリーが増えるわ、増えるわ」


 真央ちゃんは頭を抱えているけど、肝心のヨウちゃんは、自分の席にいない。


「で、うわさの元凶は、どこに行ったわけよ?」


 有香ちゃん、メガネの下の目で、教室をじろり。

 ヨウちゃんも朝から、大岩たちに笑い飛ばされてたから、はずかしくなって、クラスから逃げ出したのかな?


「あれ? そういえば、誠もいないね」

「あたし、五時間目がはじまる前に、トイレ行ってくる」

「綾ちゃん、ひとりで平気? 先輩たちにかこまれるんじゃない? いっしょに行こうか?」

「あはは。いいよ、ひとりで」


 廊下に出て、ドキッとした。

 卯月先輩が歩いてくる。

 胸に音楽の教科書を抱いているから、この階にある音楽室に移動する途中みたい。

 卯月先輩が顔をあげた。ほおにかかった長い黒髪がさらりとゆれる。


「……なに?」


 銅像みたいにかたまったあたしを見て、右くちびるだけ持ちあげて、卯月先輩は笑った。


「あ。もしかして、綾ちゃん。わたしに勝ったと、思ってる? あのね。もともと、わたしは葉児君のことが好きなわけでも、なんでもないから。まぁ、読書友だちには、なってみようかなって、思ったけど。でも、しょうがないね。あなたみたいなめんどくさい子にくっつかれてちゃ、わたしもいちいち、つかれるし。もうかまわないから、勝手にイチャイチャしたら?」


 卯月先輩の高い肩が、あたしの右横を通り抜ける。

 バニラの香水の香りをのこして、先輩は去って行った。



 けっきょく卯月先輩がヨウちゃんを好きだったのかどうかは、あたしにはわかんない。

 だけど……卯月先輩の心の奥の声が、さっき発した言葉とはちがっていても、あたしはもう迷わない。


――あたしはヨウちゃんが好き!――


 大事なのは、それだけだから。



 トイレのほうに歩いていくと、中央階段の上から、ぼそぼそと声がきこえてきた。

 あの低い声。ヨウちゃんの声。


 と、誠……?


 三階から見あげると、階段が屋上に向かって、あと一階分、続いている。

 階段をそっとのぼっていくと、ヨウちゃんの声は、ききとれるほど大きくなった。


「――いや、ただ、ちょっと確認したいだけなんだ。あのとき、オレ、かなりテンパってて、あんま記憶がないからさ。誠……オレ、あのとき、巻きもどしの法、ちゃんとしてたか?」


 ……巻きもどしの法っ!?


 ドキッと心臓が鳴った。

 妖精の羽を切ったときのことが、よみがえってくる。

 オークの木の根元に、ヨウちゃんは儀式で巨大な穴をつくった。そこに鬼婆ハグっていう、黒い妖精のバケモノを落とした。

 穴は、ヨーロッパで「常若の国」と呼ばれている、「ティル・ナ・ノーグ」に通ずる穴。

「常若の国」ってきくと、竜宮城のような世界を想像するけど、現実の「ティル・ナ・ノーグ」はキレイなところじゃない。落ちた魂が、その場所で別の魂につくりかえられる、いわば、日本で言う「黄泉の国」。

 ハグを落としたはいいけど、ヨウちゃんはハグにやられて、重傷を負っていた。だから、ヨウちゃんのかわりに、あたしが杖をつかって穴をふさいだ。

 それからのことは……あたしはヨウちゃんの傷を治すので必死で……りんぷんをつかいきって、今度はあたしが倒れちゃって……。


 だから、あたしは知らない。

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