ナイショの妖精さん

くまの広珠

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5 ヨウちゃんとフェアリー・ドクター

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 手のひらにまだ、ぬくもりがのこっている。

 夕日の熱が、横からオレのほおを焦がしていた。

 綾はもう、羽がなくても生きられるんだって、実感した。


 だいじょうぶだ。

 オレたちは、ファンタジーがなくても生きていける。



「葉児? なにしてるの……?」


 階段の上からかあさんの声がきこえて、オレはハッと首をあげた。

 ふり返ると、地下へ向かう階段のとちゅうで、かあさんが眉をひそめて、オレを見ている。


「鍵はここよ」


 だけど、さしだされた鍵を受け取らずに、オレは目の前にそびえる重たいドアから背を向けた。


 かまわない。

 とうさんの書斎にはもう、用がない。

 卯月先輩に見せられたチラシや、本にまどわされたりしない。


 二階の自分の部屋にもどると、ベッドをつけた窓際で、センペルビウムの綾桜が待っていた。バラの花のようなロゼット状の葉は、またひとまわり大きくなって、ブリキ缶の中で、まわりにいくつかの子株をしたがえている。


「子株も、そろそろ親元から切りはなして、植えかえねぇとな……」


 あまりきつい缶に、ぎゅっとつめこまれたままでは、これから大きく育つ葉も枯れてしまう。


「かあさん、空いたかんづめ缶ある?」


 綾桜を手に、一階のカフェにおりる。

 空き缶をいくつかもらって、庭におりると、空に月が見当たらなかった。星はチラチラとまたたいているのに。



「去年の……九月だったか……」


 あのときは、おぼろ月のまわりにカサがかぶっていた。この庭でたくさんの妖精たちがトンボ型の羽をはばたかせて飛び交い、ダンスを踊っていた。

 中にアゲハチョウ型の羽をした、手のひらサイズの少女もまじっていた。


――綾っ! い、行くなっ!!――


 妖精たちと去っていきそうだった綾を、引きとめられる力なんか、当時のオレにはなくて。

 胸に宿ったばかりの感情が、何物なのかさえ、わからずに。

 めちゃくちゃに、わめきちらした。


――人間の世界には、オレがいるだろ? おまえの友だちがどっかに行こうが、おまえがクラスでひとりぼっちになろうが、オレがずっと、おまえといてやるよ。オレだけはぜったいに、綾を見放さない。だから……お願いだからっ! オレのために帰って来いっ!! ――


 あのときの自分の言葉の意味が、今さら胸にしみていく。


 見放さねぇよ……ずっと……。


 夜風がほおをなでた。

 庭のハーブの葉たちが、いっせいに首を左右にゆする。

 生垣のすみで、エルダーの木の葉もゆれる。


 こんもりと茂る葉の後ろに、真っ黒いてるてるぼうずのような影を見た気がした。

 まるで黒いフードをかぶり、黒いローブをまとった老婆のような。


 全身の毛が、一斉に逆立つ。

 目をこらし、息を飲み、とつぜん棒のようにかたくなった足を、一歩、二歩、エルダーの木陰に近づける。


 そんな影はなかった。

 木の裏には生垣が、うちの庭と外のアスファルトをわけていた。

 街灯が静かな住宅街を照らしている。車のライトが、たまに高台の坂をのぼってくる。


 落ちつけ……。落ちつけ、オレ……。


 ビビリな心臓に手を置いてなだめながら、冷えた頭に、少し前の戦いを思い起こさせる。


 終わったんだ……。

 ハグはティル・ナ・ノーグの穴に落とした。

 もう、出てくることはない。二度と。


 ……二度と……?


 胸がざわついた。

 ドクドクと、心拍数がまたあがってくる。




   ★
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