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4 手から手へ
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しおりを挟む前のめりにしすぎたあたしの体が、そのまま地面に倒れ込んでいく。
ひざを打つ痛さと、砂ぼこりと、雑音。
なんにもわからなくなった。
開けた目に、卯月先輩の背中がうつった。黒髪を後ろでなびかせて、赤いハチマキのすそをひるがえして、スタートラインで待っている大岩に、バトンをさしだす。
抜かされたっ!
背中から足音がきこえた。砂ぼこりをあげる馬の大群を想像した。テレビで見た競馬中継。ふたりぶんの足音が、同時にあたしにせまってくる。
とっさに、あたしは、目の前のアンカーのスタートラインを見ていた。
あと、たった数メートル。
琥珀色の目と目が合う。
眉をつりあげて、ヨウちゃんがさけぶ。
まわりの音がうるさすぎて、なにもきこえない。
ヨウちゃんは背を向けた。走りはじめる。
……え?
騒音の中、世界が無音にかわった気がした。
黄色いたすきがゆれて、ヨウちゃんが遠ざかっていく。
コンマ一秒開いて、あたしの耳にもまた雑音がきこえてきた。
観客席がわいている。
「なんだ? あの黄色のアンカーっ!! 」
「前のランナーが転んだのに、走った!」
「おい、まだ、バトン受け取ってないぞっ!」
耳で、人の声がうずになる。
……ヨウちゃん……。
あたしはひざを立ちあげた。
ヨウちゃんは……信じてる……。
右足で砂を蹴る。その足を大きく前へ。
ヨウちゃんは、あたしがすぐに走り出すって、信じてるっ!
あたしの足が、アンカーのスタートラインを越える。
だけど、ヨウちゃんはもうテイクオーバーゾーンの真ん中を走ってる。ふり向かない。背中はぐんぐん遠ざかる。
――綾、来いっ!――
ヨウちゃんの声がきこえた気がした。
――おまえはまだまだ、速くなれるっ!!――
あたしはスピードをあげた。
もっと速く! もっと速くっ!
風のように速い背にのって。
一歩、一歩。
ヨウちゃんの背中が大きくなる。
ふたりいっしょに走ってる。
あと一歩で、テイクオーバーゾーンの終了ライン。
ヨウちゃんの左手が大きく後ろにのびた。
同時に、あたしは右手を大きくのばして、ヨウちゃんの手のひらに、黄色いバトンをのせる。
「ヨウちゃんっ!」
ヨウちゃんの左手に力がこもる。ぎゅっと強くバトンをにぎる。
あたしはバトンから手をはなした。
ヨウちゃんの足が、テイクオーバーゾーンを踏み越える。
黄色いたすきをかけた背中が、あたしを切り離して、どんどん小さくなる。
「行けぇ~っ!! 」
自分もまだ走りながら、のどがちぎれるほどに、さけんでいた。
あたしの左右を、人の足が砂ぼこりとともに追い越していく。
ヨウちゃんが信じてる!
あたしを、信じてるっ!!
あたしが、あたしをおとしめたら、ダメなんだ。
そんなことしたら、あたしを信じてくれるヨウちゃんに、しつれいだっ!
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