ナイショの妖精さん

くまの広珠

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 卯月先輩がふり向く。つけまつ毛にかこまれた目が見開かれている。


 ドキンドキンと、心臓が鳴る。

 黄色いハチマキを巻いた三年の男子が、一番手で走ってくる。

 次に、その先輩から、バトンを受け取るのはあたし。

 だけど、胸が鳴るのは、緊張のせいでなのかどうか、もうよくわからない。


 ヨウちゃん……そんなに、綾桜を大事にしてくれてたんだ……。

 って、気持ちと。

 卯月先輩にだけは、ぜったいに負けたくないっ!

 って、気持ちと。


「黄色チームの子、スタートラインに立って」


 実行委員の先輩に誘導されて、あたしはラインに立つ。

 黄色チームの先輩が近づいてくるタイミングを見ながら、走り出す。

 ヨウちゃんに言われた。


――バトンパスは、テイクオーバーゾーンの中で受け取る決まりがある。綾の場合は足が遅いから、テイクオーバーゾーンいっぱいをつかって、スピードをあげること。で、テイクオーバーゾーンギリギリでバトンをもらう。そのままスピードをあげて走る――


 だいじょうぶ! ヨウちゃん、あたし、できるっ!


 黄色チームの先輩の足があたしの背中にせまってくる。あたしは左手を大きく後ろにのばした。手のひらに、丸いバトンの感触が伝わる。

 ぎゅっとにぎりしめて、あたしは走る。

 バトンを右手に持ちかえて。コーナーは内側ギリギリ。視線は落とさない。前のめりで。あごを引いて。足の先でカモシカみたいに、地面を蹴ってくつもりで。


 だいじょうぶ。だいじょうぶっ!



 耳横で風を切る。左右の風景がぐんぐん後ろに遠ざかる。


 一位! 今、あたし、一位っ!


 コーナーの向こう。ヨウちゃんが南側のスタートラインについている。


 後ろから足音がした。

 耳横から人の息づかいがきこえてくる。


 卯月先輩っ!


 後ろでひとつにむすんだ長い髪を風になびかせて。卯月先輩があたしの横にならぶ。


 速いっ!!


 足の長さがちがう。

 スタミナがちがう。

 フォームがちがうっ!


「綾、がんばれっ!」


 コーナーをまがり終わった直線の先で、ヨウちゃんがさけんだ。


 ヨウちゃんっ!


 姿勢を低くして、待っている。あたしが走り込んでくるのを。

 とっと、右足がつんのめった。



 ……え?

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