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3 ナイショの特訓
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しおりを挟む先輩たちは先に帰ったけど、あたしは手芸部にいのこり。
「ごめん、綾ちゃん。これから塾あるから、わたしも先に帰るね。部室の戸じまりお願い。鍵は職員室に返してきて」
ふり返り、ふり返り。有香ちゃんも部室から出ていく。
「は~い。有香ちゃん、またあした」
笑顔で手をふって、あたしはまた、縫い目をほどく作業にとりかかった。
窓の外は真っ暗で、サッカー部員たちの声ももうきこえない。ミシンのならぶ部室にだけ蛍光灯が灯っていて、この世にあたしひとりみたい。
クッションのガラのならびに、正解なんてない。
ってことは、直さなくたって、失敗じゃない。
わかってはいるんだけど……。
目の前の作業台に、切りはなされて小さな正方形にもどったハギレたちがならんでいる。
「こっちが、こっちで……。ううん、ちがう。やっぱり、これはこっち……」
パズルみたいに、もう一度ガラをならべかえていく。
それからまた、となりあわせになったハギレをマチ針でとめて。チクチク、チクチク。手縫い。
あたしのへんなこだわりは、幼稚園児のころからだと思う。ボタンは上から順番にかけなきゃヤダとか。帽子をかぶるときに前髪が出てたら気持ち悪いとか。そのたんびに、直したり、もたついたりして、ママや先生や友だちにめいわくをかけてきた。
なんとかしなきゃって、思ってはいるんだけど。
あたし、小さいころからなんにもかわってない……。
部室を出て、職員室に鍵を返したときには、七時をまわっていた。
こんなに遅い時間に、学校から帰るのははじめて。廊下を歩いていても、だれとも、すれちがわない。
ひとけのない昇降口。くつだなの中のくつは空っぽで、まるで、ハチのいないハチの巣。
「……綾」
呼ばれて、ドキッと、肩がとびはねた。
ききなれた声のしたほうに目をやると、昇降口のガラス戸に、ヨウちゃんがもたれていた。バスケ部のユニフォームから、紺色のブレザーと紺色の学生ズボンにもどってる。
ヨウちゃんは、長く息をはきだした。
「おまえな~。いつまでのこってんだよ。先輩も永井もとっくに帰ったんだろ? ほかの部活のヤツらも、もう全員帰ったぞ」
「だって。文化祭の自主制作にとまどっちゃって……。ヨウちゃん、こんな時間まで待っててくれたの?」
「オレは、カレシをさしおいて、ほかの男とボランティアにでかける、どっかのだれかとは、ちがうからな」
う……。言葉からトゲが……。
「あ……ありがとう……待っててくれて」
ローファーをはいて、昇降口におりると、ヨウちゃんの手がのびてきて、あたしの右手をにぎった。
あ……。
いつもとおんなじ、あったかい手のひら。
「そうだヨウちゃん、五時間目のはなんだったのっ? 人を勝手にリレーの選手に決めちゃって! ヒドイじゃんっ!」
「いいじゃねぇか。オレもいっしょのチームなんだから」
ヨウちゃんは、冷めた目のまま、知らんぷり。
「ヨウちゃんは足が速いでしょ! あたしは遅いのっ!」
「そんなの、練習したらわかんないだろ?」
「って、言ったって、あと一週間しかないんだよ?」
口をとがらせながら、あたしはヨウちゃんの左腕にほっぺでもたれた。
一瞬、ヨウちゃんの動きがとまる。横目でチラッとあたしを見おろして。でも、すぐに正面を向いて、無言で、昇降口のガラス戸を押し開ける。
真っ黒い校庭。その上に、妖精の羽のりんぷんをぶちまけたような星空が広がっている。
「綾、なんだって、練習だ。たったの一週間でも、本気でやれば何かがかわる」
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