ナイショの妖精さん

くまの広珠

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 図書室から出ても、卯月先輩はヨウちゃんの横からはなれなかった。


「いや~、けど、葉児君が読書好きだなんて、知らなかったよ~。わたしたち、意外と話が合ったのかもよ? 今度、イエイツの本、読んでみて。アイルランドの民話なんだけどね、描写が細かくて、臨場感半端ないのよ」

「イエイツなら、こないだ読んだ」

「うそ~っ! すっごい読書家じゃん~っ!! 」


 うす暗い校庭を歩きながら、卯月先輩はヨウちゃんの腕を、横からバシバシ。


 前から思ってたけど、卯月先輩ってスキンシップが多い……。


 ふたりから数歩距離を取って、遅れて歩いて。頭の上にはもう星空。


 あたし……なんでここにいるんだろ……?


 校門を抜けて、街灯のともる住宅街に出たら。もう、ヨウちゃんとの別れ道。


「……じゃあね。ヨウちゃん、またあした」


 うつむいたまんまで、口の中でつぶやいて。あたしは、カーブミラーのわきに、足を踏みだした。


「あ……。綾っ!」


 ヨウちゃんが思い出したみたいに、ふり返る。


「オレもそっち、送ってく。じゃ、先輩。またいつか」


「『またいつか』って、ホント葉児君、手ごわいな~。カノジョとは話が合うの? わたしなら、こういう話、いくらでもできるのに」


 ヨウちゃんは眉をしかめて、先輩を見すえた。


「ウソウソ。ちょっと意地悪、言ってみただけ。じゃあね」


 卯月先輩が首をすくめる。それから、ひらひら手をふった。

 道へ小さくなっていく先輩の長い髪。曲がり角にその後ろ姿が消えると、ヨウちゃんはため息をついた。


「綾、ごめん。あの人は、ああいう人なんだよ。気にすんな」


 ヨウちゃんの左手がのびてきて、きゅっとあたしの右手をにぎる。


「……ううん」


 首を横にふって。だけど、話すことがなくって、あたしはくちびるをかみしめた。


 卯月先輩は、ハイスペック。

 頭がよくて、モデルさんみたいに美人で、気さくで。







「きょう、葉児君といっしょに帰ってきたでしょ?」


 リビングのドアを開けると、待ち受けてたみたいに、ママに言われた。


「窓から見えたわよ。あんた、いつの間にヨリもどしてたの? まぁ、こないだから、葉児君がうちに来たり、葉児君の家にお泊りしたりしてる時点で、予想はついてたけどね」


 水道の蛇口をとめて、手をふきながら、ママがキッチンから出てくる。


「綾、ちょっとこっちきて座りなさい」


 こ、怖い。


 キッとつりあがり型にメイクした眉毛が、今はいちだんとつりあがってる。

 ソファーの上にスクールバッグを置いて。だけど、自分までソファーの上に座る気になれなくて。

 あたしは、制服のまんまで、ゆかに敷かれたカーペットの上に正座した。

 ママも、ローテーブルの向かいのカーペットに正座する。


「いい、綾。これは大事な話よ。だから、しっかりききなさい。

恋愛はね、中学生や高校生のうちは、練習期間みたいなものなの。その間に、いろんな男性と知り合って、どういう人が自分に合うのか、合わないのか知っていく時期。

ママはね、葉児君のことを、個人的にそこまで嫌ってるわけじゃないの。そうじゃなくって、綾がいつまでたっても、葉児君以外の人に、目が行ってないみたいだから。そこが心配なのよ」


 真正面からあたしの顔をのぞきこんで。ママはなおも、口紅でピンクのくちびるを開いた。


「綾、このままずっと、ひとりの人ばかり見ていたら、ほかに、どういう人がいるのかもわからないまま、おとなになってしまうわよ。

それで、おとなになってから、へたくそな恋愛して、うっかり結婚しちゃったら、取り返しがつかないの。中学生の今の恋愛はね、おとなになったときに、上手に恋愛して、幸せな結婚をするためにあるのよ」

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