ナイショの妖精さん

くまの広珠

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3 夢のあと

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 見つめていたはずの綾の顔が、いつの間にか、校庭にかわっていた。


 オレは百メートルトラックを走っている。

 ゴールラインを足で踏むと、クラスの女子たちが歓声をあげた。


「中条君、はや~いっ!」


 まんざらでもない気分で、ニカニカ笑いながら、目はすばやく、集団の中で一番背の低い女子をさがしだす。


「綾っ! オレのタイムは?」


「――あ」


 体育着に赤白帽で。ぽやっとオレを見ていた綾の目が、自分の手元のストップウォッチにうつった。


「ボタン押すの、わすれてた」


「え~っ!?  なによそれ~っ!? 」


 女子たちは非難轟々。綾は、アホ毛をたらして、しゅんとうつむく。


「ったく。しょ~がねぇな~」


 体育着のすそをつまんで、こめかみの汗をぬぐいながら、オレは息をはきだした。


「もう一度、走ってやるから、今度こそちゃんとはかれよ」


「……うん」


 大きなたれ目が、涙をためてオレの顔を見る。

 顔に「ごめんね」と書いてある。

 オレはその頭に、ぽんっと手のひらをのせた。

「気にすんな」と言うかわりに。


 ふわっと、綾の口元がほころんだ。

 ほおをピンク色に染めて、細い眉毛がたれさがる。

 顔からあふれだす「うれしい」の気持ち。


 きゅんと胸が鳴った。


 抱きしめたい。

 このまま、両腕をのばして、ぎゅっと。



 ぼんやりとまぶたを持ちあげると、朝の日差しが窓からさしこんできていた。

 自分のほおが冷たくぬれている。知らない間に泣いていたらしい。

 腕で目をぬぐって、オレはベッドをのぞきこんだ。


 白いかけぶとんの中、綾は目を閉じ、動かない。


 トントンと、部屋のドアをノックされた。


「……はい」


 ガチャリとドアを開けて、鵤さんが部屋に入ってくる。


「葉児君。ずっとここにいたのかい? きみだって、傷が治ったばかりなんだぞ。安静にして。ちゃんと、ふとんに入って寝なければ」


 いつもの水色の作業着に、大きなお腹。しわにかこまれた青い小さな瞳が、やわらかくほほえんでいる。


「それで、綾ちゃんは?」


「なにも……かわらずです」


「……そうか」


 鵤さんは、灰色のくちひげの下で息をはいて、オレの前のゆかに座った。


「出勤前にね。綾ちゃんのようすを見に、ここに寄らせてもらったんだ。それに、きみにきのう、話せなかったこともある」


「話せなかったこと……?」


「鏡の世界で、ヤドリギの中に閉じ込められていたときのことだよ。あそこは……あるいは、死者の国とつながっていたのかもしれない……」


 鵤さんは、窓の外に目を細めた。朝日が部屋にまでさんさんと差し込んでくる。日が明けたばかりというのに、もうセミが鳴きだしている。

 いつもとかわらない、暑い日がはじまる。



「わたしは……ヤドリギの中で、ぼんやりと眠りの世界をただよっていた。何日たったのかわからない。あるいは何分かもしれない。何年かもしれない。あそこは……まるで母親の子宮の中のような……時間感覚のない世界だった……。

リズがね、わたしをたずねてきてくれたんだよ」


「……とうさんがっ!? 」
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