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3 夢のあと
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しおりを挟む「それに……綾はすでに弱り切っていた。今さら羽を切ったところで、こんな大きな体の変化にたえられるか……。あやうい……」
「また、いっしょに笑えるって……言ったのにな……」
誠がぽつんとつぶやいた。
「……え?」
「ううん」
誠はよいしょと立ちあがる。
「葉児……。こんなことができるのは、今晩かぎりだよ。あしたになったら、和泉の親にちゃんと和泉をわたさなきゃならない。そのときは、なにがあったかも伝えなきゃ。たとえ、おとなが理解してくれなくても。それがオレたちの責任だと思う」
オレは顔をあげて、誠の横顔を見た。
スウェットのポケットに両手をつっこんで、誠はまだ月を見ていた。かたそうなほおに、おとなを感じた。オレよりも、何歳も年を食った、おとな。
「……わかった」
「じゃ~、飯にしよ~ぜっ! おまえのお母さんが夕飯できたから、おりてこいってさ。あ。あと、葉児も風呂に入って、少しは横になれよ」
「誠……ありがとう」
だけど誠は「なにが~?」と笑いながら、部屋から出て行った。
浅い夢を見た。
教室にいる夢。
あれはたぶん、小学校の教室。
綾は廊下側の河瀬の席の向かいに座って。永井も、となりのイスを借りてきて座っていて。
女子三人がほおをよせて、笑いあう。なんの話をしているのか、教室の一番後ろのオレの席まできこえない。
眉尻をさげてころころ笑う綾を、すごく遠く感じた。
イスから立ちあがって、数歩歩いて、声をかけに行けばいい。
けど、なんて?
なんて言えば、あいつはオレにも、あんな笑顔を向けてくれる?
胸がぎゅっと痛んで。けっきょく、自分の席から腰を持ちあげられなくて。
目を開けると、オレは部屋の中にいた。
自分の部屋のふとんじゃない。
となりのかあさんの部屋の、かあさんのベッドのわき。ゆかに座り込んで、ベッドのかけぶとんに腕をまわして、顔をふせている。
窓の月明かりが、ベッドで寝ている綾を照らしている。まぶたを閉じ、口を小さく開けて。
動いてない。オレが羽を切ったときから、一ミリも。
……綾。
手をのばして、綾の右手のひらを自分の両手に包み込んだ。
冷たい……。
乾燥してかたまった粘土のように。
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