ナイショの妖精さん

くまの広珠

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3 夢のあと

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「チチチチチチチ……」


 頭上から声がした。

 見あげると、十数人の妖精たちが、あたしたちの上で飛び交っていた。


「キンキンキン……」


 ヒメがふわっとはばたいた。

 ヒメのトンボの羽から銀色のりんぷんが、チラチラと落ちた。


「チチチチチ……」


 ヒメと手をつないでいたチチも、自分のトンボ型の羽をはばたかせた。

 チチの羽からも、りんぷんがチラチラとふってくる。

 ほかの妖精たちも、次々に羽をはばたかせた。

 頭上が、銀色の光でいっぱい。

 妖精たちの羽から、銀色の粒がヨウちゃんの体にふりそそいでいく。


「妖精たちが……りんぷんをわけてくれてる……」


「葉児君は妖精を大切にしていた。その想いは、妖精たちにも伝わっていたんだ……」


「葉児っ! さっさと復活しろよっ!! 」


 誠がさけんだ。


「おまえ、そんなヤワじゃないだろっ!!  ちょっとハグに刺されたくらいで、へたばってんじゃねぇよっ! 和泉が……和泉が泣いてんぞっ!! 」


 ……誠。


 誠がしゃくりあげる。

 鵤さんの鼻をすする音もきこえてくる。

 水っぽくなった真夏の外人墓地で。銀色のりんぷんの光が、ヨウちゃんをやさしく包み込む。





 指先から力が抜けてきた。頭がぼうっとして、意識が遠のいていく。


「……和泉?」


 誠に声をかけられて、あたしは目を開け直した。ヨウちゃんのお腹にもたれかかっていたみたい。

 傷口を見ると、血は止まっていた。だけど赤黒い穴は、まだヨウちゃんのお腹をつらぬいている。


 もっと……もっとがんばらなくちゃっ!


 羽に力を込め直す。だけど、羽の先が宙をかく感触がなかった。

 ハッとして、後ろを見ると、羽から銀色の光が抜けて、先が折れた帆のようにへたっている。


 りんぷんが……なくなっちゃう……。


 ぞっとした。


 どうしようっ! ヨウちゃんはまだ、治ってないのにっ!!



 くちびるをかみしめ、あたしはまた羽をはばたかせる。

 パラパラと、のこりの粒がたよりなげにふってきた。


 もっとっ! もっとっ!!

 こんなんじゃ足りないっ!


 眉間に力を込め、羽に神経をあつめる。

 はばたくごとに、自分の手足が重たくなっていく。力が入らない。足が棒になる。手も胸も腰も。重たい粘土みたいに。


「和泉っ! もうやめろよっ!! 」


 誠が涙声をあげた。


「見なよっ! ほかの妖精たちもあきらめてるっ!! 」



「……え?」


 一寸しか光のあたらない脳で、あたしはぼんやりと空をあおいだ。

 ヒメやチチは、りんぷんを出すのをやめて、上空に浮かんでいた。頭をたれ、青い目に涙の粒をのせ、くちびるをひきむすんでいる。


「チチチ……」


 妖精の声が、「ごめんなさい」にきこえた。


「……どうして?」


「ムリなんだよ……きっと。葉児は……もう……」


「い、イヤっ!! 」


 あたしは首を横にふった。ぎゅっと眉間に力を込め、羽に神経を集中させる。

 羽が重たい。りんぷんが落ちてこない。


 いいよ……あたしのぜんぶを持ってって……。


 パラ……。


 羽から数粒、りんぷんが落ちた。


 パラ……。


 また数粒、りんぷんがふってくる。




 肩から力が抜けていく。


 胸が息をうまく取り込めない。



「和泉っ! もうやめろってっ!! 」


「綾ちゃん、やめなさいっ! これ以上は、綾ちゃんの命にかかわるっ!! 」


「ヤダっ! あたしがやめたらどうなるのっ!?  ヨウちゃんはどうなっちゃうのっ!? 」


 ふたりの声がやんだ。




「ひっ……」


 誠がしゃくりあげた。


「ひっ……くっ……」


 誠の泣き声が、アブラゼミの声にまぎれていく。



「ヤなんだよ……。オレだってヤなんだよ……。こ、このままじゃ……サイアクふたりとも……。せめて……せめて、和泉だけは、助かってほしいんだよっ!! 」



 ……誠。


「だいじょうぶだよ?」


 誠の声がする方に顔を向けて、あたしはふわっとほほえんだ。


「あたしは生きてる。ヨウちゃんだって、まだ生きてる。だいじょうぶ。また、いっしょに笑える……」




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