ナイショの妖精さん

くまの広珠

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3 夢のあと

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 金縛りにあったみたいに、足が動かない。

 目の前で墓石にもたれて、目を閉じているヨウちゃんを、現実のこととして受け入れられない。


「葉児っ!」


 誠がさけんだ。足音が、あたしの後ろに近づいてきて、あたしの横を通り越して、ヨウちゃんのもとに走っていく。

 だけど、ヨウちゃんのそばに誠の姿はない。鏡の世界にいる誠を、あたしは見ることができない。


「葉児っ!!  葉児ぃっ! これ、い、いつっ!? 」


「たぶん……ハグとやり合ったとき。ハグの……妖精の羽のついた杖で……」


 声が震えたと思ったら、あたしののどから嗚咽がこみあげてきた。

 ひっとしゃくりあげる。目の前が涙でかすんで、なにも見えなくなる。


「そ、そうだっ! れ、レモンバームの水薬っ! あたし、ヨウちゃんにもらってるっ!! 」


 あたしは血のついていない手の甲で、涙をふいた。

 自分のポシェットをさばくって、ラベルをたよりに小ビンを取り出す。

 あたしの指についたヨウちゃんの血で、ガラスの表面が赤くよごれる。

 震える手の中で、小ビンもカタカタとゆれている。


「い、和泉。落ちついて。葉児の傷にっ!」


「う、うんっ!」


 コルクのふたを開けると、手がすべって、ビンが地面に落ちた。中の虹色の薬が地面に流れる。


「や、やだ……どうしよ……」


「だいじょうぶ、まだ薬は半分のこってるよ。ほら、葉児のお腹んとこに塗ってあげて」


「うん……」


 落ちたビンを拾い直して。ヨウちゃんの横にひざまずいて。Tシャツのお腹に虹色の液体をかける。

 シャツがやぶけて、お腹に赤黒い穴が開いている。

 虹色のベールが膜のように穴を包んだ。傷口に溶けて消えていく。


「ダメだ……傷が深すぎて消えない……」


 横で誠がうめいた。


「もう……ビンの中身がないよ……」


 あたしのほおを涙が伝った。


 今は泣いてる場合じゃない。


 きゅっとくちびるをかみしめ、目を閉じる。




「……綾ちゃん?」


 あたしの後ろから声がした。木からおりてきた鵤さんの声。


「和泉っ!?  まさかっ!」


 誠が声をつまらせる。

 ワンピースのすそを広げて、ヨウちゃんの横に座って。あたしは背中のチョウチョの羽を、うちわのようにはばたかせた。



 チラチラと、羽から銀色のりんぷんが落ちてくる。

 チラチラ、チラチラ。

 まるで銀色の粉雪。夏の日差しにかがやきながら、ヨウちゃんの体に落ちていく。



「……覚えてる。和泉は前もこうやって、オレを助けてくれたんだ……」


 誠が鼻をすすった。


「だけど、綾ちゃん。りんぷんをつかうのは、葉児君から止められて……」


「……いいの」


 ふりしきるりんぷんを、自分の肩や髪にもあびながら、あたしはふんわりほほえんだ。


「あとでヨウちゃんにどんなに怒られてもいい。あたしがこうしたいの……」


「……和泉」


 誠がしゃくりあげる。

 琥珀色の髪も白いほおも。あちこちに土のついたTシャツも。ヨウちゃんの体に銀色のりんぷんが降り積もっていく。

 あたしは手のひらで、ヨウちゃんのほおに積もったりんぷんをはらった。

 白いまぶたは閉じられていて、琥珀色のまつ毛に、りんぷんの粒が光っている。


 ヨウちゃん……。

 大好きなヨウちゃん……。


 クールぶってカッコつけてて、いつもエラそうで。

 がんばり屋さんで、ちょっと頑固で。


 また、がんばりすぎちゃったんだね。

 儀式を成功させることばっかりに頭がいっぱいで、自分がハグにやられるっていう、先のことまで、考えてられなかったんだ。


「だいじょうぶだよ……ヨウちゃんは、あたしが治してあげるから……」


 琥珀色の前髪をかきあげて。

 あたしは冷たいおでこにくちびるをつけた。

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