ナイショの妖精さん

くまの広珠

文字の大きさ
上 下
531 / 646
2 それぞれの誓い

23

しおりを挟む

「……プライド……?」


 しわがれたハグの声が、あたしの外からきこえた。

 あたしの腕や足に、あたしの力がもどってきてる。ヨウちゃんがモヤを吸いあげるたびに、あたしの胸は軽くなっていく。

 地面に手をついて、あたしはのろのろと上半身を起こした。


「綾、だいじょうぶか?」


 ヨウちゃんがあたしの顔をのぞきこんでくる。


「……へいき。でも……誠が……」


 オークの木の根元に、黒いモヤが立ちあがっていく。黒いローブをまとい、黒いフードをかぶり、ハグの体ができあがっていく。


「そ~。プライド。ハグ、おまえが一番持ってないもの」


 水たまりに映りこんだ誠は、ポケットに手をつっ込んで、「にひっ」っと笑っていた。


「ハグに自分がないのはさ。体を持ってないからじゃなくって、プライドがないからでしょ? でも、それを認めるのが怖いから、なんでもかんでも、イヤなことを人のせいとか、葉児のせいにねじまげる。

悪いことしても、認める力もなくてさ。『自分は悪くない』って思い込まなきゃ、怖くてこの世にいられない。そんなんじゃ、永遠に、自分がほしいものなんか、手に入んないんじゃない?」


「誠っ! 挑発するなっ!! 」


 ヨウちゃんがさけぶのと同時に、ハグのモヤが水たまりに向かっていった。

 あたしたちの目の前には、だれもいない。

 だけど、水たまりの水面には、モヤに胸を巻きつかれた誠が映っている。苦しげに歯を食いしばってる。


「おまえのような小僧に、なにがわかる?」


 老婆の声がとどろいた。


「体を持つおまえに、持たないものの苦悩がわかるものか! それでも、人を批判すると言うなら、おまえも体をなくしてみればいい。入れ物になるのは、なにもそこの人間サイズの妖精でなくてもいい。妖精の属性がなくとも、空っぽの体であれば、たとえ、ただの人間でも……」


「空っぽの……体……?」


 くくくく。


 地を這うようにハグが笑う。

 ヨウちゃんのお父さんの遺体の中に入ったハグのことが、頭をかすめた。


 まさか今度は、誠に入るつもりっ!?


 それは……つまり……誠のことを……。



「やめろっ!」


 ヨウちゃんが、ハグに向かっていく。

 パッと、虹色の光が、木の根元を明るく染めた。

 水たまりに映りこむ誠が、アグリモニーのビンをふりかざしている。

 黒い蛇は攻撃の矛先をかえ、ハグにもどっていく。


「葉児、オレのことはほっとけっ!」


 すぐにまた向かってくる蛇をかわしながら、誠がさけんだ。


「おまえは、何しにここにきたんだっ!?  さっさと自分のすべきことをしろよ!」


 ヨウちゃんが、ハッと目を見開いた。


 誠っ!?  まさか、ヨウちゃんのために、おとりにっ!?


 ヨウちゃんはナイロンのナップサックから、ひとつの小ビンを取り出した。ラベルには、ラベンダーとサンダルウッドのミックスパウダーと書かれている。

 立ちあがり、ヨウちゃんはパウダーを撒きながら木のまわりを走りだした。


「和泉は、鵤さんを!」

「う、うんっ!」


 地面に落ちていたチコリのビンを拾いあげて、あたしも立ちあがる。

 ポシェットから、ハナヤスリの葉を取り出す。自分の羽に押しあてると、羽に開いた穴は虹色の光に消えていった。


「治ったっ!」


 チョウチョの羽で一回、二回、はばたき。

 羽がぶわっと風をかく。サンダルの足が、宙に浮いた。はばたくたびに、あたしの体は上空へあがっていく。


 飛べる! まだ、行けるっ!


 葉のまわりで妖精たちが飛び交っている。お互いの無事を確認しあい、手を取りあって宙返り。

 オークの枝のてっぺんに、ひときわ大きなヤドリギがゆれている。

 あたしは、巨大なヤドリギの外側に両手をつけた。


「鵤さんっ! 鵤さん! そこにいますかっ!? 」




「……綾……ちゃん……か?」


 中から、かすれた声がした。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

妖精の風の吹くまま~家を追われた元伯爵令嬢は行き倒れたわけあり青年貴族を拾いました~

狭山ひびき@バカふり200万部突破
児童書・童話
妖精女王の逆鱗に触れた人間が妖精を見ることができなくなって久しい。 そんな中、妖精が見える「妖精に愛されし」少女エマは、仲良しの妖精アーサーとポリーとともに友人を探す旅の途中、行き倒れの青年貴族ユーインを拾う。彼は病に倒れた友人を助けるために、万能薬(パナセア)を探して旅をしているらしい。「友人のために」というユーインのことが放っておけなくなったエマは、「おいエマ、やめとけって!」というアーサーの制止を振り切り、ユーインの薬探しを手伝うことにする。昔から妖精が見えることを人から気味悪がられるエマは、ユーインにはそのことを告げなかったが、伝説の万能薬に代わる特別な妖精の秘薬があるのだ。その薬なら、ユーインの友人の病気も治せるかもしれない。エマは薬の手掛かりを持っている妖精女王に会いに行くことに決める。穏やかで優しく、そしてちょっと抜けているユーインに、次第に心惹かれていくエマ。けれども、妖精女王に会いに行った山で、ついにユーインにエマの妖精が見える体質のことを知られてしまう。 「……わたしは、妖精が見えるの」 気味悪がられることを覚悟で告げたエマに、ユーインは―― 心に傷を抱える妖精が見える少女エマと、心優しくもちょっとした秘密を抱えた青年貴族ユーイン、それからにぎやかな妖精たちのラブコメディです。

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

悪女の死んだ国

神々廻
児童書・童話
ある日、民から恨まれていた悪女が死んだ。しかし、悪女がいなくなってからすぐに国は植民地になってしまった。実は悪女は民を1番に考えていた。 悪女は何を思い生きたのか。悪女は後世に何を残したのか......... 2話完結 1/14に2話の内容を増やしました

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

処理中です...