ナイショの妖精さん

くまの広珠

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 どこをどう走ったのか。


 気づくと、オレは、「花田はなだ市立中学校」と書かれた門柱の前に立っていた。

 かたむいてきた日差しを、校庭が一心に受けとめている。

 こだまするアブラゼミの声。

 夏休み中、ほぼ毎日運動しているサッカー部員たちの姿が、今はない。


「……そうか。まことは試合か……」


 荒い息をつきながら、あやも、家で寝ていることを思い出した。


「くそ……」


 ひたいに噴き出た汗をぬぐう。にぎったこぶしが、いまだになさけなく震えている。

 さっき。浅山あさやまで。鬼婆ハグいかるがさんをつれ去った。

 人間サイズの妖精になれる、綾の体がほしいと。鵤さんを返してほしければ、かわりに綾をさしだせと。


 そんなこと、だれがするかよっ!!


 じだんだ踏んでも、鵤さんはもどってこない。


「くそ……どうすればいいんだ……」


 恐れていたとおりのことが起きた。

 鵤さんが巻き込まれた。

 鵤さんは浅山の植物園の管理人だ。オレの亡きとうさんの親友で。オレのこともずっと気にかけてくれた人。


 世話になりっぱなしだった。それなのに……。


 ハグは、なんのためらいもなく、オレのまわりの人間をコマにする。


「やっぱり……オレがひとりで、なんとかするしかねぇのか……」



「あれ? 葉児ようじぃ? そんなとこでなにしてんの~?」


 背中に、底抜けに明るい声がかかった。

 ふり返ると、中学前の歩道を、中学生の集団が歩いてきている。みんな、うちの学校の青いサッカーのユニフォームを着て、スポーツバッグと水筒をかついでいる。

 まじって誠が、くりくりの二重の目を見開いて、立ちどまっていた。


 小学生のころは、男子で一番低かった誠の身長も、今では、オレと、こぶしひとつぶんしか、ちがわない。

 日に焼けた細長い手足に、横に広がる大きな耳。ニカっと横に開く口は、自分の感情を表に出すことに、なんの戸惑いもないように見える。

 オレは口を開き、でもすぐにまた、口を閉じた。


 言えない……。

 誠に助けを求めたら、誠まで巻き込まれる……。


「葉児っ! もしかして、なんかあったっ!? 」


 ギクッとした。

 誠は勘がいい。


「……いや。なんも」


「じゃあ、なんでケガしてんだよっ!」


「べつに。ただコケただけだよ」


 オレは、右ほおをぬぐって、傷を誠から隠した。

 ハグの杖がほおをかすめた。その杖の先についた妖精の羽に、カミソリのように切られた。


「葉児、今さら隠すな! 話せっ!」



「お~い、誠! なにめずらしく熱くなってんだよっ !? てか、葉児も。夏休み中なのに、帰宅部がなんで、学校に来てるわけ?」


 サッカー部一行の中から、興味津々でのりだして来たのは、オレたちと同じ一年の大岩おおいわだ。


水沢みずさわ~、大岩~。ミーティングするから、校庭集合だぞ~」


 先に校門に入っていく先輩たちが、誠たちをふり返っている。


「今、行きますっ! 葉児。オレはいったん行くけど、部活が終わったらまた、ここにもどってくるかんなっ! 逃げんなよっ!! 」


 誠が、全身の力を込めて、にらんできた。

 ずっとチビっ子で。おちゃらけてばかりだった誠から、今はすごみを感じる。


 これは……逃げれねぇな。




 鎖でつながれた犬の気分で、おとなしく校門前に立っていると、部活を終えた誠が、「あれ? ホントに待ってた」とやってきた。


「おまえな。人が待っててやったのに。なんだよ、その言いぐさ」


 誠は「なはは」と笑った。


「だって、めずらし~じゃん。葉児が素直にオレの言うこときくなんて。――で。どうしたわけ?」


 声を低くした誠の顔からは、すでに笑みが消えている。


「ほかにきかれたい話じゃない。歩きながら話すぞ」


 オレは制服ズボンのポケットに両手をつっ込んで、住宅街へ歩きだした。

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