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5 長い長い夏休み
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しおりを挟むカコーンっていうのは、ししおどしの音。
障子にうつる葉っぱの影がゆれている。外からきこえてくるのはアブラゼミの声。
あたしのまわりには、畳が海のように広がっていた。そこに、浴衣を着てずらっと座る、知らない中学生の先輩たち。着物姿のおばさんや、スーツ姿のおじさんも数人まじってる。
うう……。場ちがい。
だって、みんなしゃきっと背をのばして、あごをひいて。きれいに正座してるんだもん。
あたしの右横で、ヨウちゃんまで、しらっと冷めた目をして、場の空気になじんじゃってるし。
あたしだけ、視線ふわふわ。
うわ~んっ! 真央ちゃん、どこぉ~?
なんであたしとヨウちゃんが、浴衣を着て、こんなお茶室に正座しているのかって言うと。
真央ちゃんの茶道部の夏休みのお茶会に、ヨウちゃんとふたりで招待されたから。
――気軽なお茶会だから、てきとうでいいんだって。着物っていったって、浴衣だし。なければ、Tシャツでもいいんだし。正座できなかったら、足くずしててもオッケーだから。作法? んなの、うちだって、ほぼ知らないし~――
真央ちゃんがカラカラ笑うから、「そんなもんかな?」ってうなずいちゃったけど。
普段着の人なんて、ひとりもいなかった。ママに、去年の浴衣を引っぱり出してもらって、丈を直してもらって正解。
――言っとくけど、巻き込まれた感は、オレのほうが強いんだからな――
さっき、お茶室に入る前、ヨウちゃんは口をとがらせた。
最初、このお茶会には、有香ちゃんとあたしが呼ばれてた。だけど、有香ちゃんは、今度のプリマに出す服づくりでいそがしくって、来られなくなっちゃったんだ。
「あたし、ひとりで行くのはムリ~。なにが、なんだかわかんないもん~」って真央ちゃんに泣きついたら、「じゃあ、中条と来な」だって。
「いいじゃん、浴衣デート」って。
で、でも……。デートって言われても……。これじゃ、かた苦しすぎて、ぜんぜん楽しめない……。
「みなさま、本日はよくおあつまりくださいました」
黒い着物姿のおじいちゃんが出てきた。頭つるつるで、ギスギスに痩せてる。首のあたりはしわがいっぱいで、あんなに細い首で、ちゃんと頭を支えていられるのかが不安。
「わたしは花田中学の茶道部の顧問をしております、橋本でございます」
自己紹介をきいて、あたしはごくっとつばを飲んだ。
そっか……。
じゃあ、あの・・橋本さんは、やっぱり橋本さんの奥さんなんだ……。
あたし、前にも一度、この家に来たことがある。
住宅街の中にある、山門つきの邸宅。お庭は日本庭園で、だけどよく見ると植わっている葉っぱは、どれもハーブ。
お茶室に入るとき、ひとりのおばあさんに会った。
ほっそりした、白髪のおばあさん。淡青の着物で、入ってくる中学生たちに、ていねいにあいさつをしていた。
その目が、あたしを見てまばたきした。
――あら? あなた……前にもお会いしたかしら?――
――あ、あのときは、レモンバームをわけてくれて、ありがとうございましたっ!――
あたし、ぎゅっとヨウちゃんの左手をにぎって、頭をさげた。
ヨウちゃんがあたしを見て、おばあさんを見る。それから、ハッとした顔になって、頭をさげた。
――あらあら、カレシ? お似合いね――
おばあさんは口元に手を置いて、うふふと笑った。
おばあさんの名前は、橋本さん。
ヨウちゃんのためにフェアリー・ドクターの薬をつくるには、どうしてもレモンバームっていうハーブが必要で。それなのに、そのときは冬だったから、どこにも見つからなくて。
見ず知らずの橋本さんにわけてもらったんだ。
「中学生たちがいっしょうけんめいに覚えたお点前ですので、失敗もあるかと思いますが、それはそれで、楽しんでいかれてくださいね」
広い畳に正座して、茶道部の顧問の橋本さんが、深々とおじぎをする。
顧問の橋本さんは、真央ちゃんの好きな人。
真央ちゃん……橋本さんに奥さんがいること、知ってたのかな……?
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